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57 話し合いの結果
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「しばらくの間、妻を連れて領地へと戻ることになった」
アミティエ伯爵から連絡があったのはそれから3日後の事だった。夫人と話し合いを重ね、物理的に距離をとった方がいいと判断したらしい。
この3日間。ジョイの耳が隣室に向きっぱなしになっていたことを考えると、夫人との間で相当、白熱したやり取りがあったに違いない。
話し合いの内容は判らないが、あまり思わしい結果が得られなかっただろうことは、伯爵の顔色や彼が出した結論からも明らかだ。
それに伴い、今後、アミティエ伯爵は領地と王都を行ったり来たりしながら商会の仕事をすることになるそうだ。この先大変な生活を送ることになる伯爵には申し訳なく思うが、アナリーズはホッとした。
伯爵夫人が王都から離れれば、少なくとも勤め先への嫌がらせはなくなるだろうから。
「それで、番二人の交流会についてなんだが、月に一回、伯爵領と王都の中間にあるウチの縁戚の子爵領で行うことになった。私が領地との移動時に使っている部屋が子爵領にあるから、そこを使うつもりだ。ジョイ君とも話し合ったのだが、服飾工房のある子爵領へはウチの商会員が定期的に行き来をしているから、彼には月に一度、その役割を担ってもらうことになる。仕事ついでに番との交流を行う……という形だね。子爵領ならば王都ほど人目を気にせずに済むし、時間と経済的な負担を考えてもそれが一番効率的だと考えたのだが、どうだろうか」
「はい。それについてはジョイからも聞いております。私はそれで構いません。ありがとうございます。伯爵様には何から何までお気遣いいただいて……」
「いや。元はと言えば、私の妻が君にとんでもない迷惑をかけてしまったのが原因なんだ。むしろ、こんなことしかできずに申しわけない」
「充分です。勤め先の商会への対処もありがとうございます」
「それについてなんだが……申し訳ないが、全ての取引先を戻すことは出来なかった。別の形で保証はしたが……元の状態に戻せなかったことは心苦しく思っている」
「……それは、仕方がなかったと思います」
そう。アミティエ伯爵はあの後すぐに動いてくれた。貴族として醜聞は表沙汰にしたくないだろうに、取引先に事情を説明したうえで、今後も今まで通り取引を続けるように取引先を説得してくれたのだ。
お陰でアナリーズの無実を証明できたし、かなりの数の顧客がそれで戻ってくれたのだが――一部の取引先は『ただの夫婦関係を優先させるために運命の番を引き裂くなんて』と、逆に態度を硬化させてしまった。
コレについては事実なだけにアミティエ伯爵のせいではない。いつか、どこかからこの話が漏れたら同じような事態になってしまっただろうから。獣人であるジョイと結婚したアナリーズ自身が抱えていたリスクなのだ。
にもかかわらず、アミティエ伯爵は回収しきれなかった被害分及び今回の件の慰謝料として、伯爵領を通る際の通行料の大幅な割引と、グラン商会が独自に取り扱う商品の融通などを勤め先の商会に対して約束してくれた。
被害に対して充分過ぎる保証だ。これに喜んだ商会長からお礼まで言われてしまったくらいだ。
「補償内容については商会長も喜んでおりました。おかげさまで、引っ越しが終わり次第、私も商会へ戻れることになりました」
「それは良かった。しかし――引っ越しについては無理にここを出て行かずともいいのではないか? 私達が領地へ行った後もこのまま住み続けてもらって構わないし、もしここの家賃が負担ならもう少し割引をしても――」
「いえ! もう充分に対応していただきました。なので、これ以上は必要ありません。それに、幸い元のアパートに空きがあるそうなので、そちらに戻ろうかと思います。その、周辺の物価の事もありますので、私としても住み慣れた地域の方が」
「そうか……分かった。だが、困ったことがあったら何でも言って欲しい。アナリーズさん、色々とすまなかった」
その他、伯爵との間で細々としたことを取り決めて、翌週にはアミティエ伯爵は夫人と共に伯爵領へと引っ越していった。
アミティエ伯爵から連絡があったのはそれから3日後の事だった。夫人と話し合いを重ね、物理的に距離をとった方がいいと判断したらしい。
この3日間。ジョイの耳が隣室に向きっぱなしになっていたことを考えると、夫人との間で相当、白熱したやり取りがあったに違いない。
話し合いの内容は判らないが、あまり思わしい結果が得られなかっただろうことは、伯爵の顔色や彼が出した結論からも明らかだ。
それに伴い、今後、アミティエ伯爵は領地と王都を行ったり来たりしながら商会の仕事をすることになるそうだ。この先大変な生活を送ることになる伯爵には申し訳なく思うが、アナリーズはホッとした。
伯爵夫人が王都から離れれば、少なくとも勤め先への嫌がらせはなくなるだろうから。
「それで、番二人の交流会についてなんだが、月に一回、伯爵領と王都の中間にあるウチの縁戚の子爵領で行うことになった。私が領地との移動時に使っている部屋が子爵領にあるから、そこを使うつもりだ。ジョイ君とも話し合ったのだが、服飾工房のある子爵領へはウチの商会員が定期的に行き来をしているから、彼には月に一度、その役割を担ってもらうことになる。仕事ついでに番との交流を行う……という形だね。子爵領ならば王都ほど人目を気にせずに済むし、時間と経済的な負担を考えてもそれが一番効率的だと考えたのだが、どうだろうか」
「はい。それについてはジョイからも聞いております。私はそれで構いません。ありがとうございます。伯爵様には何から何までお気遣いいただいて……」
「いや。元はと言えば、私の妻が君にとんでもない迷惑をかけてしまったのが原因なんだ。むしろ、こんなことしかできずに申しわけない」
「充分です。勤め先の商会への対処もありがとうございます」
「それについてなんだが……申し訳ないが、全ての取引先を戻すことは出来なかった。別の形で保証はしたが……元の状態に戻せなかったことは心苦しく思っている」
「……それは、仕方がなかったと思います」
そう。アミティエ伯爵はあの後すぐに動いてくれた。貴族として醜聞は表沙汰にしたくないだろうに、取引先に事情を説明したうえで、今後も今まで通り取引を続けるように取引先を説得してくれたのだ。
お陰でアナリーズの無実を証明できたし、かなりの数の顧客がそれで戻ってくれたのだが――一部の取引先は『ただの夫婦関係を優先させるために運命の番を引き裂くなんて』と、逆に態度を硬化させてしまった。
コレについては事実なだけにアミティエ伯爵のせいではない。いつか、どこかからこの話が漏れたら同じような事態になってしまっただろうから。獣人であるジョイと結婚したアナリーズ自身が抱えていたリスクなのだ。
にもかかわらず、アミティエ伯爵は回収しきれなかった被害分及び今回の件の慰謝料として、伯爵領を通る際の通行料の大幅な割引と、グラン商会が独自に取り扱う商品の融通などを勤め先の商会に対して約束してくれた。
被害に対して充分過ぎる保証だ。これに喜んだ商会長からお礼まで言われてしまったくらいだ。
「補償内容については商会長も喜んでおりました。おかげさまで、引っ越しが終わり次第、私も商会へ戻れることになりました」
「それは良かった。しかし――引っ越しについては無理にここを出て行かずともいいのではないか? 私達が領地へ行った後もこのまま住み続けてもらって構わないし、もしここの家賃が負担ならもう少し割引をしても――」
「いえ! もう充分に対応していただきました。なので、これ以上は必要ありません。それに、幸い元のアパートに空きがあるそうなので、そちらに戻ろうかと思います。その、周辺の物価の事もありますので、私としても住み慣れた地域の方が」
「そうか……分かった。だが、困ったことがあったら何でも言って欲しい。アナリーズさん、色々とすまなかった」
その他、伯爵との間で細々としたことを取り決めて、翌週にはアミティエ伯爵は夫人と共に伯爵領へと引っ越していった。
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