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44 伯爵との遭遇
しおりを挟む「アナリーズ? どうしたんだ、ぼんやりとして。何か考え事?」
「あ……ええ。今日は少し体調が悪くて、昼休みに食材の買い出しに行けなかったの。そのせいで残りものばかりになっちゃって。ごめんなさい」
帰宅後。珍しく早く帰ってきたジョイと共に、アナリーズは夕食を摂っていた。
予定では昼休みに野菜や肉を買い足すはずだったが、それは体調不良で断念した。帰りに行ければいいのだが、残業があるためアナリーズの勤務が終わってからだと店が閉まってしまうのだ。
高級住宅街の方には遅くまでやっている店もあるが、流石に予算が足りない。なので、夕飯が残り野菜のシチューになってしまった。
「何だ、そんなことか。いいよ。俺は軽く食べてきたし。それより大丈夫? 何なら、今から俺が何か買ってくるけど。遅くまでやっている、そこの店の総菜がすごく美味しいらしくてさ」
「……それ、誰に聞いたの?」
「え? 前にティアに」
「そう、なのね。でもいいわ。もうお腹いっぱいで。ごめんね。明日はちゃんと買い物して来るから」
「分かった……ねえ、アナリーズ。食べ終わったなら、さ」
キラリ……アナリーズを求め怪しくきらめくジョイの目に安心しながらも、アナリーズはどうしても――例の薬の話が出来なかった。
「やあ、久しぶりだね。ジョイ君の奥方」
「あ。アミティエ伯爵様。お早うございます。すっかりご無沙汰してしまって。……少し、お痩せになりましたか?」
朝。出勤するために魔石階段を使ってエントランスへと行くと、見知った相手の姿が見えた。どうやら、迎えの馬車を待っているようだ。ジョイがまだ寝ていることを考えると、伯爵はかなりの早起きらしい。
「はは、少しね。不思議だな、隣同士に住んでいても、中々顔を合わせることってないものなんだね。……というか、君こそずい分と痩せたようだが、大丈夫なのか?」
「あ、ええ。仕事が忙しくて」
「そうなのか。その……差し出がましいかもしれないが、もしここの家賃が負担になっているようなら……」
「あ、い、いえ! その、最近仕事が順調なので、残業が増えているだけですので」
――危なかった。ただでさえ伯爵夫人に色々言われている状況なのに、これ以上便宜を図ってもらったりしたら、何を言われるか分かった物じゃない。
それに、アナリーズの言葉もまるきり嘘ではない。仕事が増えているからこそ、業務外の仕事を回してもらえているし、残業だって出来るのだから。
大商会を経営しているだけあって、伯爵はかなり鋭いようだ。これからは少し発言に気を付けた方がいいかもしれない。
「そうか? ならいいが。何か困ったことがあれば遠慮なく私に言ってくれ」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
「あ、良かったら途中まで送……行ってしまったか」
後ろを振り返って馬車に乗り込む伯爵の姿を確認し、アナリーズはホッと息を吐いた。
いつ、誰に、どんなところを目撃されているのか分からないのだ。親切心で言ってくれているのは理解しているが、同じ馬車に乗るところを見られでもしたら何を言われるか分からない。
「あ……っと、話していたら遅くなっちゃった。走ろう」
朝は馬車で道が混みあうために、広い商会地区を横断するような形で地区の外れまで通勤するアナリーズは、少し早めに家を出なくてはならないのだ。
特に今日のような決済日付近は馬車が連なってしまうので、気を付けるに越したことはない。馬は好きだが、蹴られでもしたら厄介だ。
パタパタと。時間に追われて走っていくアナリーズは気付かない。
どんなに細やかに気を付けようとも、それが通じない相手がいることに――――。
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