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43 隠された選択肢

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「……『拒絶…薬』………? そんなものが、あるの……?」

 初めて聞く言葉に、アナリーズは困惑を隠せない。


「……知らなかったのか。確かに『拒絶薬』はこっちで開発されたものだしな。他国で生活をしている僕らのような獣人の間で出まわった物だから、知らなくてもおかしくはないかも知れないが」


 同僚の説明によれば、『拒絶薬』は獣人の本能からくる番への欲求を完全に消し去る薬らしい。

 完全に番う前であれば拒絶薬を服用することで体内にある番を求める器官の動きを弱めて、番に対して生じるすべての反応を抑えることが出来るのだそうだ。服用後は番にとらわれることなく好きな相手を伴侶に選べるし、番に出会ったとしても心魅かれることはない。――獣人として番を得ることで得られる身に余るほどの幸福感を引き換えにして。


「でも……獣人にとって『運命の番』は絶対なのでしょう?」

「まあね。でも、僕らみたいに人間社会で生活している獣人は異性への好みや……それこそ価値観までもが人間に近くなっているんだ。だから、そういう薬が求められたし、開発が進められたんだよ。人間的な感覚で育った者からしてみたら、いくら運命の番だからって嫌いなタイプの相手と生涯を共にするなんて冗談じゃないし」

「そう……よね」

「ああ。『番の誤認』で誤魔化し続ける方法もあるにはあるけど、当人の意思の強さが求められるから不安定だし現実的ではない。何より、一度でも運命の相手と番ってしまえばとれない方法だしね。『番ったら使えない』という前提条件が同じなら、拒絶薬を使った方がより確実だろう?」

「驚いたわ。ずい分と……詳しいのね?」

「僕のお爺ちゃんが研究者だったんだ。祖父は獣人国を離れて早くにこっちへ移住してきたんだけど、若い頃に番絡みで色々とあったらしくてさ。その後悔から番の研究を始めたんだって」

「そうなのね……」

「獣人国ではまだ『運命の番』への信仰が根強いから『拒絶薬』もそこまで出まわってはいないけど、都市部では知っている者もそれなりにいるはずだ。……でもまあ、君の御主人は地方の出身だと聞いているし、知らなかった可能性も……」


 そうやってフォローを入れてくれるが、アナリーズの動揺は収まらない。

 ジョイはこれからもアナリーズと夫婦でいる為に、その方法を必死に探しまわっていた筈だ。それこそ、あちらでもこちらでも、だ。
 方法を探すために、仕事を休んでまで獣人国に行ったのだから。

 そんなジョイが、その情報にたどり着かないなどということがあるのだろうか?


「とにかくさ、一度旦那さんと話してみたら? 珍しい薬ではあるけれど、僕の方で伝手があるからもし必要だったら手に入れてあげられるし。皆も心配しているから、あんまり悩まないで食事くらいはしっかり摂ったほうがいいよ」

「え……ええ、そうよね。ありがとう」


 考え込んでしまったアナリーズの気分を変える為だろう。明るく提案をしてくる同僚の商会員。もし、ジョイが知った上で隠していたら……そう思うと軽々しく口に出来そうもないが、同僚からの気遣いに対し笑顔で答えるアナリーズ。


 おそらくは、食事に誘ったのも食事をしたあとでこの話をしたのも、アナリーズを気遣ってのことだと思う。色々と聞いた後では、とてもじゃないが食事が喉を通らなかっただろうから。


 優しい同僚に感謝をしつつもアナリーズの心は重かった。




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