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35 同じ痛みを知る仲間

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「そういえば、伯爵様がこのキッチンにいらっしゃるのって珍しいですね」


 しんみりとしてしまった空気を変えるように、アナリーズは極力明るく話しかけた。

 伯爵夫人はジョイから離れようとしないし、事情が事情だけにこの場に伯爵家の使用人はいない。なので、よそ様のお宅ではあるが、お茶の用意はアナリーズがやっているのだ。

 そういう訳で今までもアナリーズがキッチンを利用することはあったが、アミティエ伯爵が姿を現したのは今回が初めてだった。


「ん? ああ、少し頭痛がしてね。薬を飲みたいから水を取りに来たんだ」

「薬……ですか。失礼ですが伯爵様の昼食は?」

「いや、あまり食欲が……」

「駄目ですよ! 薬を飲むなら、少しでも何かお腹に入れておいた方がいいです」

「……それはそうなのだが。何かあったかな? この別宅はあまり使っていないからなあ……」


 言いながら、ガサゴソと食器棚をあさる伯爵。キレイに整頓された食器棚には食材らしきものは見当たらない。
 そんな伯爵の姿に、余計なお世話かも……と思いながらも、放ってはおけずにアナリーズは声をかけた。


「良かったら私のお弁当を少し召し上がりませんか。まだ手を付けておりませんので」

「いや、しかしそれでは奥方の分が」

「……実はお弁当を持って来ているものの、私も食欲が無くていつも半分くらいしか食べられないんです。その……、色々と思うところがありまして。素人の作った料理ですので味は保証できませんが、薬で胃を荒らすよりはマシだと思うので」

「ああ、君も……、なのか。……そうか……」


 何かを察し、どこか思い詰めたように見えていた伯爵の表情がほんの少しだけやわらかなものへと変わる。

『何故か』とは聞かれなかった。食欲が無い理由などお互いに分かり切っている。


「すまないね。では、少し分けて貰おうかな」

「はい。では、伯爵様の分もお茶をお入れしますね」

「ああ、頼む」


 貴族と平民。

 身分差があってもこうして分かり合えていることに、アナリーズは不思議な物を感じた。それだけ同じ価値観を有しているということなのだろう。
 ――少なくとも、この件に関しては。


 同じ痛みを知る仲間がいるということに勇気を貰い、アナリーズは食器を借りて、伯爵の分の料理を取り分けた。




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