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31 夫婦でいるための条件

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「わざと忘れるなんて、そんなこと! 毎回アナリーズの作ってくれる弁当を楽しみにしていたのに、いったいいつ……あ、もしかして二カ月くらい前のこと? あれはその、いつもの場所になかったから、てっきりあの日は弁当がないのかとばかり……ごめん。前日に食べたい物を聞かれたのに、おかしいなあとは思ったんだ。だけど後ろめたい気持ちもあったから、流石に聞きづらくて」


 アナリーズはジョイにそう言われて。


(……そういえば、あの日はジョイがつけたテーブルの爪とぎあとを修繕するために、獣人国から取り寄せた補修材を使用していたわね)


 と、思い出す。

 使用した補修材をしっかりと乾かす必要があるために、いつもとは少し違った位置に出来上がった弁当を置いていた。
 その為に気が付かなかったのか。

 テーブルの右と左。ほんの少しの違いではあるが、ジョイは昔からそういう思い込みの激しいところがあるのだ。テーブルの上に置いてあっても、いつもと同じ位置にないからないんだな――と、そう判断してしまったのだろう。

 些細な行き違い。けれど、意思の疎通が不十分だったせいで起こってしまったこととも言える。もちろん、それはアナリーズにも言えることだ。

 お弁当のこと。商会にいなかったこと。嘘をつかれた理由。

 ジョイの後をつけたりする前に、たったひとこと聞いていれば解決していたかもしれない。

 そのせいで勝手に思い悩んで、倒れて、周囲にまで迷惑をかけてしまった。これについては、ジョイの事ばかりを責めるわけにもいかないだろう。


「ごめん、アナリーズ。ティアラ――俺の番から、『番が見つかったと聞いて、いい気持ちになる女性はいない』と言われて、怖くなって……言い出せなくなってしまったんだ。俺はアナリーズが好きだし、アナリーズを愛しているんだ。だから、どうか……俺と別れるなんて言わないで欲しい」

「……解ったわ。でも、一つだけ条件があるの」

「…条件?」


 緊張しているのだろうか。
 ゴクリ、とジョイが唾を飲みこむ音がする。


「そう。事情も知らされずたった一人蚊帳の外に置かれて、一人であれこれと思い悩むのはもう嫌なの。だから、ティアラさんというの? ジョイの番がどう言おうと、これからはちゃんと私に相談してほしいの。二人で話し合って決めましょう。そして出来ることなら、私もその場に同席したいわ。この先も夫婦としてやっていくのなら、二人で支え合うのが当然でしょう? 何でも一人で頑張ろうとしないで。それが、私達が夫婦であり続けるための条件よ」

「勿論だ! ありがとう、アナリーズ!!」

「ちょ…、ちょっと、ちょっとジョイ。ここはよそ様のお宅よ! もうっ!!」


 ジョイからキスの嵐を降らされて、慌ててそれを止めるアナリーズ。

 倒れたことを心配したアミティエ伯爵に今日は泊まるようにと言われたが、明日も仕事があるからとこの日はお礼を言って帰宅することにした。

 迷惑をかけてしまった伯爵夫妻には今日の治療費を支払うと伝えたのだが。


「我が家の専属医師だからそれは気にしないでくれ。むしろ、奥方が倒れるまで追い込んでしまったこれまでの事を謝罪させて欲しい。治療費を払ったぐらいで許されることではないが、何にしても奥方が無事でよかったよ。今日はもう遅いから、この先の事は後日改めて決めよう」

「そうですわ! それに、伯爵家の専属医師ともなると、治療費の方もそれなりに……ねぇ。かかってしまいますから。うふふ、ですからどうか、ジョイの奥様? は支払いのことなどお気になさらないで。私の大切な番の奥様ですもの!」


 そうやって固辞された。


「――ね、アナリーズ。二人とも、気さくでとても感じのいい方たちだろう?」

「え? ええ、そう……ね」


 体調を気遣ってくれた伯爵の方はともかく、伯爵夫人の言葉にはほんの少しの引っ掛かりを感じたものの――もしかしたら、夫の番に対する嫉妬のような物かもしれないと思い、アナリーズは受け流すことにした。




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