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21 密会

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 まだ新しい、最新式の集合住宅。おそらく魔石による居住者の管理がなされているのだろう。見つからないように少し離れた場所から見ていたアナリーズは夫が吸い込まれて行ったドアの表札を確認するために近寄ろうとしたのだが、豪華なエントランスの先には行けなかった。つまり、ジョイは部屋の持ち主に入室を許可されているということだ。


 誰の部屋なのか。
 夫はここでいったい何をしているのか。


 アナリーズは近くの建物の陰に隠れて夫が入って行った部屋を見守った。夫の後をつけることを決めていたので、あらかじめ前日から水分の摂取を控えていたものの、途中でどうしてもトイレに行きたくなって、公園にある公衆トイレまで戻った。

 一応水筒にお茶は用意してきたものの、なるべくなら部屋から目を離したくない。そう思ったアナリーズは飲むのを控えることにした。


 ――そして、昼。


 ジョイが吸い込まれて行った部屋のドアが開いて、中から楽し気な女性の声が聞こえてきた。声と共に姿を現したのは、ジョイと同じようなシルエットをした――獣人の、若い女性。獣人女性の後からジョイも姿を現して、後をつければ二人仲良く高そうなレストランへと入っていく。


(……ああ……やっぱり。そういうこと、なのね)


 5月。天気が良くて気温はそれなりに高いはずだが、まるで体中を冷水が流れているような感覚がして寒くて堪らない。指先が冷え、小刻みに体が震えてしまう。

 アナリーズもレストランの中に入って休みたいところだが、かなり高級な店のようなので、入るのは諦めた。

 一時間ほどして二人は店の外へ出て来て、再び同じ部屋の中へと入って行った。昼食を摂りに出たようだ。


 涙がこみあげてくる割に泣かずに済んだのは、心のどこかでこうなることを分かっていたからなのだろうか。
 もしかしたら、不安な時間が長すぎたのかもしれない。

 そして、冷静に考える。

 義母から得た情報によると、獣人が番を見つけた場合は番以外の女性と身体を重ねることができないらしい。――と、いうことはアナリーズと身体の関係が続いている以上、これはただの浮気ということになる。


 思えば。


 ジョイと付き合い始めてから今まで、彼からアナリーズに与えられる愛が重すぎて、その可能性に気がついていなかったけれど。
 本来、男女関係で問題が起こった時に、一番に疑うべきは浮気だろう。

『番』の存在ばかりに気を取られ、ソレに気が付かなかったアナリーズが悪い。

 そもそも種族に関係なく、あれだけモテまくっていたジョイとアナリーズが釣り合っていなかったのだ。それを考えれば、こうなることだって充分に考えられたはず。

 それに、どうやら相手の女性は獣人らしい。
 しかも、ピン、と直立するしっぽの形状から判断するに、ジョイと同じ猫獣人であると思われる。

 獣人国から遠く離れた異国で種族や価値観が同じ猫獣人同士、惹かれ合ったのかもしれない。だとしたら。
 たとえ相手が運命の番ではなくただの浮気相手だったとしても、邪魔になるのはアナリーズの方だ。


「キレイな……女性だったな」


 吸い込まれそうなキラキラした青い目。歳はジョイよりも更に若いだろうか。手入れの行き届いた白い肌はキズ一つなく瑞々しい。オレンジがかったやわらかそうな髪の毛はシャツのボタンに絡まっていたものと一致する。

 高そうな服を着て。立ち居振る舞いにも品があった。こんな場所に住めるぐらいだから、経済的にも裕福なのだろう。
 美男美女で、二人はお似合いだった。


(――うん。サッサと身を引こう!)


 幸いというべきか。ジョイがごねてくれたおかげで、アナリーズが望んだ幸せな未来は訪れていない。別れたとしても傷がつくのはアナリーズの経歴だけだ。それでも仕事はあるし、勤め先の商会の売り上げも順調。このまま働き続ければ、一人で食べていくぐらいのことは出来るはずだ。

 両親は既に亡くなって、アナリーズは元々一人だったのだ。だから、元の気楽な一人暮らしに戻るだけ。
 余計な心配事に煩わされることも無くなって、むしろその方がいいのではないか。

 それならせめて、二人の邪魔に思われる前に、ジョイとは笑顔でお別れしよう。幸せだった頃の思いだけを大切にすればいい。

 そうやって、答えを出してしまえば気持ちは穏やかだった。



 気づけば辺りは暗くなっていた。高級住宅街という場所柄か、維持費のかかる魔石灯の明かりが煌々と焚かれ、家々が明るく浮き上がって見える。
 こんなに暗くなるまで、二人は何をやっているのだか。それを思えば苦笑しか出ないが、それだけ別れを惜しんでいるのだろう。
 アナリーズは次にジョイが部屋から出てきた時に別れを切り出すと決めている。

 こんなところで待ち伏せするなどまるでストーカーのようだが、これで終わりにするつもりだから許して欲しい。アナリーズの決心が揺らぐ前に、ジョイに別れを告げてしまいたいのだ。

 一日中ドアを眺めていたお陰で考える時間だけは充分にあった。笑顔で告げることが出来るだろう。

 そして――。



 ガチャ。



 ドアが開いて、部屋の中からジョイが出てきた。そんなジョイを見送るように、女性の姿もある。間違いない、昼間に見た女性。ジョイが着ていたシャツのボタンに絡まった、あの艶やかな長い髪の持ち主だ。


 エントランスを抜けて出てきた二人の目の前にアナリーズが姿を現すと、ジョイの形の良い目がまん丸に見開かれた。
 なかなか見られない表情だ。


「ア……ナリーズ? どうしてここに……」


 どことなく呆然とした様子の夫が、アナリーズを見てどうにか言葉を絞り出す、

 そんな顔をしなくても大丈夫。縋ったりしないから。
 ……そんな思いを込めて、アナリーズは笑顔を浮かべる。


「後をつけたりしてごめんね。だけど、解っているから大丈夫よ。ジョイ、私達、離婚しましょう」




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