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9 同僚獣人への相談

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「え。旦那さんが突然一人で獣人国に?」

「ええ、そうなの。少し前から何か様子がおかしくて……心ここにあらずというか。ため息ばかりついているし」


 勤め先近くの飲食店。
 裏路地に在るこの店は立地からあまり流行ってはいないものの、その分細かなリクエストにも応えてくれるので、商会に所属している獣人達の秘かなお気に入りとなっている。

 今日は仕事で外に出ている商会員が多いからか、同じ商会に勤める客はアナリーズと同僚だけ。他は少し離れた席に人間の客が数人いるのみだ。

 そんな店で昼食を摂りながら、アナリーズは夫と同じ猫獣人の同僚に話を聞いてもらっていた。


「うーん……症状を聞いている限り特に病気とかではなさそうだけど……ケガもしてないとなると、あっちで急用でもできたんじゃない? 元留学生なら、何かの手続きを忘れていたとか……」

「ああ、なるほど。でも……それなら私も連れて行くんじゃないかしら? 普段の彼なら絶対にそうすると思うんだけど」

「それは……流石に獣人国は遠いからなあ。往復だけで一カ月はかかるだろ。旦那さんも仕事があるだろうし、用事を済ませての強行軍になると、僕達みたいな獣人は良くても普通の人間にはつらいよ」

「そういうものなの? 実は私、この国から出たことがなくて」

「うん。僕は営業職だから国内外問わずあちこち行かされるし、うちの商会は取引が多いから獣人国へも行ったことあるけど、あれは正直キツかった。しかも、往復一カ月と言っても天候によってはもっとかかるし。ああ、それに、基本獣人は個人主義だけど、それでもやっぱり個人差はあるからね。留学生だったんだろ? 家族仲が良くて親離れが早かったなら、ホームシックもあるかもしれないし、気にし過ぎることないと思うよ。あとは…………まあ、流石にそんなことはないか。そこまで考えだしたらキリがないし……」


 ブツブツと呟くような声はよく聞こえなかったが、やはり、獣人の事は獣人に聞いてみるものだ、とアナリーズは思った。
 同僚から例として挙げられた全てがありえそうに思える。

 ジョイから家族の話はあまり聞いたことがないけれど、自然豊かな故郷の話なんかはよくしてくれていたし、自然の少ない王都での暮らしを考えればホームシックはあるかもしれない。だとしたら、あまり弱った姿をアナリーズに見せたくなかっただけの可能性もある。


「どう? 僕の話少しは参考になった?」

「ええ、すごく参考になったわ。ごめんなさい、こんなことで貴方の貴重なお昼休みを奪ってしまって」

「いいって。君みたいに獣人のことを理解しようとしてくれる人間は貴重だからね。君のお陰で随分とこの商会も居心地が良くなったもの。まあ、僕みたいな猫獣人は少し気まぐれなトコがあるし、あまり深く考えなくていいと思うよ」


 ゆらゆらとのんびりしっぽを揺らす同僚に話を聞いてもらったら少し気持ちが軽くなった。
 確かに考えすぎていたかもしれない。


「分かったわ。ふふ……安心したらお腹空いちゃった」

 目の前にはランチセットがあるが、半分ほどが手付かずだった。アナリーズは急いでそれに手を付ける。

 夫のジョイは仕事上の付き合いもあるため弁当の持参は月のうち半分ほどだが、アナリーズは節約の為にお昼は毎日手作りの弁当で済ませている。

 今日は食欲が無くて弁当作りをサボってしまったが、アナリーズにとっては久しぶりの外食なのだ。残すなんてもったいない。


 自分の分をとっくに食べ終えて。のんびりと食後のお茶を楽しんでいた同僚がそんなアナリーズを優しく見つめる。


「はは、良かった。ようやく食欲も出たみたいだね。せっかくだから、旦那さんがいないこの機会に日頃できないことでもやったら? ほら、友達と美味しい物を食べに行くとか、同僚と飲みに行くとかさ。伴侶持ちの獣人は執着心が強いからそれも難しいでしょ。僕で良かったら付き合うよ」

「ありがとう。でも、大丈夫。話を聞いてもらったお陰でスッキリしたから。そうだ、せっかくだから貴方が言う通り、この機会に部屋の大掃除でもやろうかしら? あの人お気に入りのソファーから動こうとしないから、すぐ毛だらけになっちゃって困っていたのよ。考えてみたら、掃除だって今がチャンスよね!」


 残念なものを見るような目をした同僚の視線には気付かずに。


 アナリーズはご機嫌で残っていた昼食を次々に片付けていった。




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