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8 夫の奇行

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「……さん。レーベンさん。『アナリーズ・レーベンさん』!」

「あ、ハイッ! ごめんなさい、少し考え事をしていて」

「ああ、いや……それはいいんだけど。真面目な君が仕事中に珍しいね。どうかしたの?」


 アナリーズは同僚からフルネームで呼ばれて、ようやく声をかけられているのが自分だということに気が付いた。

 結婚してアナリーズ・サンティマンから夫の姓であるアナリーズ・レーベンへと変わったものの、旧姓と比べると馴染みが薄いせいか、名字で呼ばれるとどうしても反応が鈍くなる。

 ――それも、ジョイとこのまま結婚生活を続けていければいずれ解消されるのだろうが――。


 アナリーズは自然とそんなことを考えてしまい動揺した。


(ジョイと結婚生活を続けていければって……嫌だわ、縁起でもない。『続けていければ』じゃなくて、『続けていけば』でしょ。続けていけるに決まっているじゃないの)


 余計な考え事のせいで、いつの間にか仕事の手も止まっていたようだ。今の時期はまだ急ぎの仕事がないとはいえ、仕事をため込んで後々大変な思いをするのはアナリーズ自身なのに。

 アナリーズは声をかけてきた営業職の同僚から交通費の請求を受け取ると、慌てて支払いの処理をした。


「その……ちょっと気になることがあって。でも、大したことじゃないの。はい、貴方が立て替えた分の交通費」

「ありがとう。……でも、本当に大丈夫か? 顔色が優れないけど。僕に出来ることなら相談に乗るよ。もしかして……獣人の旦那さんのこと?」

「ええと、その……。……実は、貴方にちょっと聞きたいことがあるんだけど。お昼に少しいいかしら?」


 心配そうに。アナリーズの答えを聞き逃すまいと耳をぴくつかせている同僚の姿を見たら、つい、そんな言葉が出てしまった。

 彼は夫と同じ猫獣人の男性だ。

 同じ商会の経理課と営業課。所属は違えど日頃からさり気なく獣人の習性なんかを話してくれるので、昔から彼とは世間話をすることが多かった。おかげでアナリーズは他の獣人商会員との仲も良好だ。

 そういった意味では獣人であるジョイと仲良くなれたのも、彼のおかげであると言える。

 そして、彼からの助言もあって、結婚してからは匂いを気にするジョイの為に彼との個人的な交流は避けていた。獣人は自分のテリトリーに他の獣人の匂いを持ち込むのを嫌うらしい。

 けれど、現在ジョイは留守にしているし、行き先を考えればこちらへ帰るのは少なくとも一カ月後。
 しかも、相談したいのは他ならぬ夫であるジョイの事だ。

 獣人の中でも夫と同じ猫獣人の彼なら、ジョイの不可思議な行動も理解できるかもしれない。そんな思いで縋るように同僚を見上げると。


「……っ、もちろん。じゃあ、昼休みにね」


 そう言って、交通費を受け取り尻尾をゆっくりと揺らしながら去って行く同僚を見ていると、どうしても様子のおかしかったジョイの事が思い出される。


 ――が、今は仕事中だ。

 アナリーズはもやもやとした気分を切り替えて、早く昼食に入るために日々の業務に没頭していった。




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