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4 縮まる距離
しおりを挟むそれからというもの、アナリーズとジョイは急激に親しくなった。留学してきたばかりとあって、まだこちらに知り合いがいなくて寂しかったのもあるのだろう。
ジョイから落とし物をしたと相談されれば一緒に探して問い合わせ先を教えたし、学生にとって必要不可欠な図書館の利用方法もアナリーズが教えた。
一方で女性には相談しづらいこともあるだろうと思い、同僚の猫獣人の男性を紹介したりもしたが、ジョイは何故か不機嫌になるばかりでアナリーズにしか頼ろうとしなかった。
性別に加え同種族にしか分からないこともあるのではないか……と気を利かせたのだが、獣人の場合は違うのだろうか? 紹介した同僚にそれを聞いてみたけれど、困った顔をされるだけだった。
ジョイはアナリーズの職場近くの飲み屋でバイトを始め、アナリーズが仕事で遅くなる時には必ず家まで送ってくれた。
酔っぱらいから絡まれたあと、あの暗い公園を通ることは流石に止めたが、かといって毎月の残業が無くなる訳ではない。結局は同じような時間帯に帰っていることをジョイに知られて、アナリーズはひどく怒られた。彼が職場近くの飲み屋で働きだしたのはそれからすぐの事だった。
どうやら、ジョイはアナリーズの繁忙期に合わせてバイトのシフトを入れているらしい。
流石に、ここまでされたら恋愛とは無縁だったアナリーズもジョイからの好意に気付く。
でも……。
一度、アナリーズは彼が働く飲み屋に行ってみたが、長身で顔の整ったジョイはバイト仲間からも客の女性達からも大人気だった。それを見て、アナリーズは自分では彼に釣り合わないとしり込みをしてしまった。
『年上のおばさんのクセに』
『地味女がどういうつもり? いい加減ジョイに付きまとうのはやめて』
と、仕事中のアナリーズを呼び出して、面と向かって文句をぶつけてくる女の子もいた。それも一人や二人じゃない。
若く、可愛らしい女の子達から牽制されて、アナリーズの心はどんどんと萎縮していく。
それに気付いた同僚が突撃してきたジョイ狙いの女の子達を追い払ってくれるようになったが、この件でこれ以上職場に迷惑はかけられない。アナリーズもいい加減覚悟を決めるべきだろう。
留学したての頃ならともかく、バイトも始めたし男女問わず知り合いもたくさんできて、ジョイもこの国に随分馴染んだようだ。
危ないところを助けてもらったことからなし崩し的に一緒に過ごしてきたが――これ以上は彼の為にもよくない。
自分が彼の為に出来るのはここまでだろうと、アナリーズはジョイと少しずつ距離を取り始めた……のだが。
「……あのさ、何で急に会えなくなったの? わざわざ仕事場までの出勤ルートまで変えちゃってさ……。もしかして、アナリーズは俺のこと避けてる?」
しばらくして、アナリーズはいつもの残業帰りにジョイに待ち伏せをされた。
助けられたあの日と同じように、暗闇の中で彼の目が怪しげに煌めいている。少しだけ違うのは……あの日、酔っぱらいに向けられていた殺気がアナリーズ自身に向けられていることだ。
「その……今日はたまたま……」
「嘘だね。俺も最初はそう思ったけど、ここのところ毎日道を変えているでしょ。普段通らないような道まで通ってさ。ああ、でもアナリーズがやっているソレ全部無駄だから。俺、すごく鼻がいいから、調べようと思えばアナリーズが今どこに居るか、どの道を通ったかもすぐに分かるし」
アナリーズのすぐ傍まで来てスンっと大袈裟に鼻を鳴らすジョイ。
その距離感のまま猫獣人特有の鋭い眼光を向けられて、あの日とは逆に居心地の悪さからアナリーズの方から視線を逸らそうとしたが、両手で頬をがっちりと押さえられて阻止されてしまった。
そして――。
「あの……ジョイ? …何を……んぅ……」
彼の端正な顔が近づいてきたと思ったら、そのまま唇を奪われた。ジョイのザラリとした温かい舌がアナリーズの唇をこじ開けて入り込み、未知の刺激が好き勝手に口内を蹂躙する。
「ぁ……ジョ……ゃめ………」
駄目、ジョイ止めて……
「嫌だ」
ちゅうぅ…ぴちゃ、ぴちゃ……
「…は………苦………」
「…ナ……アナリーズ……はぁ……お願……だから」
――俺を、避けないで
夜の闇に貪るような水音とジョイの懇願するような囁きが途切れ途切れに響く。
アナリーズは、まるで自分が内側から貪られていくように感じてクラクラと眩暈がした。
その初めての感触にアナリーズは軽くパニックを起こし、いったい何が起こっているのか分からぬままにはくはくと空気を求めて、与えられる刺激に必死で抗っていると、ようやくジョイの唇が離れた。
「……っは、はあ…ふう……はぁ……」
すっかり力の抜けた下半身を支えるためにジョイにしがみついたまま、一生懸命に呼吸を整えるアナリーズ。
それを見て。機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らすジョイ。
「へぇ……? なんだ、誰か番のオスでも出来たかと思ったけど。……もしかしてキスも初めてなんだ?」
ジョイはアナリーズの唾液で光る自分の唇を色気たっぷりにぺろりと舐めて、殺気を消して楽しそうにゆったりと尻尾を揺らした。
「ど……ぅして、こんな」
「どうして? アナリーズが俺から逃げるからでしょ。人がせっかく本能を抑えて我慢しているのに、俺の事避けて全力で逃げるとか……そんなの追うに決まってるじゃん。俺、これでも結構分かりやすく好意を伝えていたつもりなんだけどな……もしかして、アナリーズに俺の気持ち全然伝わっていなかった?」
「……だって、私年上だし」
「ソレ関係ないよね?」
「私よりもお似合いの子が」
「ソレ俺の意志と関係なくうるさいメスどもが勝手に言っているだけでしょ。……ああ、安心して。ソイツらもう排除したから」
瞬時に殺気が戻り、ジョイの目がギラリと怪しく光る。
「あ、あの…排除って……?」
「…ああ、誤解しないで。乱暴なことはしてないよ。興味ないって解らせるために、言葉で説得しただけ。そしたら泣き出して二度と俺に近づいてこなくなったよ。だって、俺にはアナリーズだけ居ればそれでいいからね?」
ジョイの獲物を狙う目がアナリーズに向けられる。
暗闇に光るキレイな目。
アナリーズを傷つける者を徹底的に排除して、怪しく誘う目。
……アナリーズを惹きつけてやまない目。
ジョイに助けられたあの日。
彼の瞳に魅せられたアナリーズの心はとっくに彼に捕らわれていたのだと――――ようやく悟った。
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