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3 本能とテリトリー

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 獣人男性に連れて行かれたのは、偶然にもアナリーズの行きつけの食堂だった。一応酒も置いてはいるが、深夜勤務の労働者向けの食堂なので、酒の種類は少ない。そのせいかこの時間にやっている飲食店にしては酔っぱらいの姿が見られず、活気はあるもののガラは良い。いわゆる『飲み屋』とは住み分けが出来ていた。

 その辺もアナリーズのお気に入りポイントだ。とはいえ、一番気に入っているのは……。


「美味しい!! 適当に入ったけど、美味いな、この店!」

「でしょ!? ここの煮込み料理は絶品なのよ。もっと食べて、食べて!」


 危険な目に遭った衝撃は強かったけれど、通い慣れた店へと来た安心感から、アナリーズは心の平穏を取り戻した。獣人はテリトリーを気にすると聞いたことがあるけれど、人間にもそれはあるのかもしれない。薄暗い公園よりも、この少々うるさい空間の方がアナリーズには合っている。

 空腹感を感じていたのだから、本能の赴くままに最初からこちらへ向かえばよかったとアナリーズは反省した。


「……あー…でも、本当にいいのか? 誘っといてなんだけど、実は俺あんまり手持ちが……」


 一方で、あんなに頼りがいのあった獣人男性の方は店に入ってから少々大人しくなっている。アナリーズに勧められるままに料理に手を出すが、気後れしているようだ。

 どうやら、ショックを受けているアナリーズを安心させる為だけに、とりあえず人が多い店へと入ったようだ。アナリーズは彼のその心遣いを有難く思った。
 それだけに、どことなく落ちつかない様子の彼を見て、申し訳なさを感じてしまう。

 なので。


「ふふ……危ないところを助けてもらったから、これはそのお礼よ。ご馳走するから、好きな物を注文してちょうだい。実は、お昼ご飯を食べ損ねて、私もお腹が減っていたの」

「…えーと……じゃあ、遠慮なく!」


 アナリーズの言葉に、ホッと警戒心を解く男性。

 そして宣言通りに遠慮することなく料理を注文して、パクパクと豪快に食べ進めていく。その食べっぷりが見ていて気持ちがいい。

 男性を落ち着かせる為にああは言ったものの、アナリーズは先ほど怖い目に遭ったばかりだ。いくら空腹とはいえ、流石にそんなには食べられないと思っていたが……男性の見事な食べっぷりに食欲が刺激され、しっかりと昼食兼夕食兼夜食を摂ることが出来た。


 そして、美味しい食事を食べてリラックスすれば、自然と会話も盛り上がる。


 獣人の男性はアナリーズよりも二つ年下で、まだ学生。聞いたところによると、留学の為にこの国に来たばかりらしい。あちこちに獣人の気配を感じるものの、あの公園だけは誰のテリトリーでもないからと、夜の散歩を楽しんでいたらしい。

 獣人としては、やはりその辺が気になってしまうのだそうだ。


「……まー、本能とはいえ、都会で暮らすやつらは段々その辺の折り合いがついてくるらしいけど、俺は獣人国でも田舎の方の出身だったからさ。やっぱ、慣れるまでは少しキツイ」

「ふふ……なんか意外だわ。猫さん、あんなに力持ちで強いのにね」

「『ジョイ』」

「え?」

「ジョイ・レーベン。それが俺の名前。ちゃんと名前で呼んでよ。お姉さんこの国に来て、初めてできた人間の友達だからさ。ああ、さん付けもやめてくれよな。柄じゃないし」


 そう言って、やや不満そうにアナリーズを睨みつけてくる彼の姿が可愛らしいと思ってしまった。先ほど、酔っぱらいたちを殺気だけで蹴散らした野性味あふれる姿とはまるで別人……というか、別猫だ。


「解ったわ、ジョイ。私はアナリーズよ。アナリーズ・サンティマン。アナリーズでいいわ」

「そっか。へへ……よろしくな、アナリーズ!」




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