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26 じゅるいですわ

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 時折――高位の魔法使いは思い詰めたように、私に何かを言いたそうにしていた。

 彼が何を悩んでいるのかは分からないけれど。彼もお母様も同じ国の出身だ。
 実はお母様も儚くなる前にこの焼き菓子を食べたがっていた。だから、作ってあげれば彼も元気が出るかもしれない――と思ったのだ。
 風邪で寝込んでいた時の、小さかった頃の私と同じように。


 それなりに料理ができる私がレシピ通りに作った焼き菓子は、見た目も美味しそうで実際美味しかった。

 苦くないし焦げ臭くもないし、残念ながらお母様の作ってくれたアレとは違ったけれど――高位の魔法使いの愁いは晴れたようなので、コレはコレで成功したと言ってもいいかもしれない。
 ――それに。


「うん。お母様のとは違うけど――やっぱり私も美味しい方がいいな。お母様が作ってくれたのは……その……正直、飲み込むのがつらいこともあったから……」
「……病気のときにそれは……」

「そうね。でも、当時は嬉しかったから。どんなに焦げていても生焼けでも毎回のように味が違っても。お母さまは一生懸命私に……ああ、でも、そっか。コレが、お母様が私に食べさせてくれようとしていた『正解』なのよね」


 これも、彼が作り方を調べてきてくれたからこそ知ることが出来たのだ。
 そう考えると感慨深いものがある。



 遠い国から嫁いでこられたお母様。病気で食欲がなくなっても、食べたい物すら食べられなくて、それでも幸せだったのだろうか。


 そういったことを思うと、うちの領地へと移住してくれた高位の魔法使いこそ、本当にこれで良かったのかとか……。思い詰めたように国へ戻った姿を見て、本当に私の所へ戻って来てくれるのかとか……正直、私も気が気ではなかった。


 まぁ……まさか、

『本当に、俺でよかったのか?』――なんて。

 下らない悩みを彼が抱えていたのは予想外だったが。


 元気の戻った彼にソレを伝えれば。
 彼も結婚後に私の元気が無くなっていくのを見て、自分を選んで後悔しているのでは……と不安に思ったのだと言われてしまった。

 それで少しでも私に元気を出してもらおうと、前に私から聞いた焼き菓子のレシピを調べるために、荷物を取りに行くことを口実にして母国へ戻ったのだ……とか何とか。
 すれ違いもいいトコだ。


「……いや、そもそも。魔力が多いというだけで迫害されて、逃げたり隠れたりして暮らさなきゃいけない母国に未練などある訳がないだろう。ここは居心地がいいし、愛する君の為じゃなければあんなところ行こうとも思わなかった」

「愛す……!? あ、あああ…あの、ええと……お互い言葉が足りなかったみたいね。その、わ、私もその、貴方を」

 愛している――の声は少し無表情が崩れた彼にぺろりと食べられた。


 ……特に魔法で封じられているわけではないし、義妹と違って私は言いたいことは何でも言えるのだから、これからは誤解を生まないようしっかりと自分の言葉で伝えていこう……。


 彼の腕の中でそんなことを考えながら。
 この時間がいつまでも続けばいいのに――と穏やかな幸せをかみしめていたら。


「じゅるいですわ、じゅるいですわ! わたちもおいちそうなおやちゅ、がたべたいです!」




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