【完結】私の番には飼い主がいる

堀 和三盆

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20 愛しているから――(ヴァイス視点)

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 俺は番絶ちをすることにした。自分で調べ、経験者を探し、支援してくれる団体を見つけた。

 日々、愛する番と決別するための治療を受けている。


「おかしいな。『前例』によると実際に体を重ねていない番は治療が楽に済むはずなのだが」


 予想以上に難航する俺の番絶ちに担当の支援員は首を捻っている。それで気が付いた。結婚するまでは、とフルールとは距離を保ち清い関係を続けていたけれど、あの、夜会の日。泥酔した飼い主と一線を越えてしまった日。

 あの日、俺は確かに夢うつつの中でフルールを、愛する番を抱いていた。

 その、惑ったたった一度の過ちが俺を苦しめているのだ。


 ……ああ、でも、この痛みは当然のモノかもしれない。長年、飼い主を優先し、俺はフルールを傷つけてきた。

 いや、俺が傷つけたのはフルールだけではない。酔っていて向こうから求めてきたとはいえ、あの日、俺は大事な飼い主を愛しい番の身代わりにしたのだから。


 前世、婚約者に裏切られた飼い主はよく言っていた。


『シロは本当にお利口さんね。しかもイケメンだし。私を裏切らないし。もう、いっそ貴方が私と結婚してくれればいいのに。貴方が人間だったらなあ』

――――と。


 彼女に俺への気持ちがあったのかどうかは分からない。でも、理由はどうあれ俺が彼女を傷つけたことに変わりはない。

 他の女にうつつを抜かしながら、飼い主に愛を囁き裏切った、前世の婚約者や今世の隣国の王子といったい何が違うのか。
 確実な思いがなかったと分かっている分、俺の方がよりたちが悪い。

 辺境伯領から追い返された時は裏切られたような気がしていたけれど、そもそも最初に裏切ったのは俺なのだ。


 大事な飼い主、愛する番。


 結局俺はそのどちらも選べ切れずに、どちらも傷つけた。



 飼い主に与えられた家の中にはフルールの香りがするものは何も残されていなかった。だから、番絶ちに利用したのは彼女からの手紙だ。

 週に一度、着替えと共に届けられていた手紙。

 そこには彼女の心情が綴られていた。離れて生活することの寂しさ。先が見えない状態で歳を重ねることへの不安。飼い主に対する複雑な心境。飼い主との関係を察したこと。番の恩人を恨みたくないのに憎しみを抑えきれないこと。

 愛するがゆえに暴走しそうな自分が怖い――震える字で、紡がれる俺への愛。


 こうなった以上、不安定な自分から俺と飼い主を守るために、離れるしかない――。


 飼い主と添い寝をするようになってからは罪悪感から手紙を読んでいなかったから、初めて知ることばかりだった。

 後半はフルールからの手紙ではなく、洗濯業者からの納品書になっていた。そのことにすら気づかずに、まとめてしまい込んでいた。なんて愚かだったのだろう。

 でも、そのくらい放置していたおかげで手紙にはフルールの香りが強く残っていた。コレを使えば番絶ちをすることができる。

 例え、どんなに時間がかかっても。


 番絶ちの中で、俺もフルールの気持ちが分かった。


 彼女の飼い主や伴侶、そして幼い子供達に対する憎しみまでもが止められない。次に遇ってしまった時、恨む気持ちから自分が何をするか分からない。

 愛する番の幸せを、あの笑顔を守るためには自分を壊すしかない――


 ……きっと、そういう事だったのだと思う。

 家族の声にとろける様な笑顔を溢していたフルール。彼女のそんな笑顔をみたのは――記憶もあやふやな、番であることをあまり意識しないで済んだ幼少期のみ。飼い主と再会してからは、どこか我慢をさせていたのだ。

 現在のフルールを笑顔にしてくれる大切な存在。飼い主、子供、そして――伴侶。それに対して抑えきれない憎しみを覚えてしまうこの感情は消し去らなくてはならないのだ。


 心と体が全力で拒絶していていつまでかかるのかも分からないけれど、彼女と彼女の大切な人たちを俺から守るためにはそうするしかない。


 ――愛しているから。


 愛の力で痛みと苦しみを乗り越えて、彼女の幸せを守り抜いたその時に、俺の番へのこの思いは完全に消え去る――

 嫌だ、愛してる、憎い、ダメだ、壊さなきゃ、思いが消える、嫌だ、愛してる……


 永遠にも感じられる心と体の痛みに耐えながら――。



 まだ、今日も俺は番への思いを忘れられずにいる。




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