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後編
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不思議に思って杯を覗き込むが、底に僅かに残る液体は赤い。飲んだのは毒入りのワインで間違いない。それなのに俺は死んでいないし、口に残るのは水の味。
確かに前世では子供や周囲にもう酒は止めろと言われても、こんなもんは水と一緒だ、などと言って気にせず飲んでいた。もちろんそんな筈はないのに。酒に執着するあまりいよいよ味覚までおかしくなったのだろうか。そこまでして飲みたいのかよ、俺は。
様々な葛藤が駆け巡る中、見届け人の神官が俺に話しかけてきた。
「バカな……! なぜ、死なない!? ちゃんと飲んだのか?」
そう言って、無理矢理2杯目を飲まされた。やめてくれよ、飲みたくないんだよ。もう、家族を、周囲を裏切るのは嫌だ。殺すならさっさと殺してくれ。
そう思っているのにやはり死なない。いつの間にか牢に、イライラした様子のライバル家の嫡男が入ってきていて。
「小賢しいっ! 貴様、ワインをすり替えたんだろう!?」
そう言いながら俺に用意されたワインを飲み――その場で倒れて運び出された。
これはおかしいと、目の前でワインに毒を入れられた。そして、やはり無理矢理飲ませられるが――死なない。見届け人の神官はそれを見て。
「奇跡だ! 無実の者に対する神の許しだ。神殿の見届け人として、これ以上の執行は許可できない。早く、王へ使いを――!」
酒を飲まされた事実に気分が悪いが、酔いすら回ってこない。これはどういうことなのか。喧噪の中、俺は周囲の成すがままになっていた。
結局。ライバル家の陰謀により俺に罪が着せられていたことがその後の調べで分かった。ライバル家では希少スキルを利用した魅了発酵という技術を使い、飲んだ者を魅了状態にして意のままに操る酒を王宮へと納めていたそうだ。それを利用して不正を行っていたのだが、酒を一切飲まない俺がそれに気が付いて告発しようとしたために、全ての罪を擦り付けようとしたらしい。
ライバル家の嫡男は、元凶である俺が確実に処分されるのを見届けに来ていた。あのとき勢いで毒杯を呷って倒れたまま、帰らぬ人となった。
そして――俺は思い出していた。生まれ変わる前の、神的な何かとの会話。
「罪を償うための転生だからね。スキルなどは与えないよ。記憶を残したまま、酒にまみれた世界へと送る。だけど、そうだな。開き直られて飲んだくれの人生を謳歌されるのも癪に障るな。飲んだところで酒の恩恵は与えられないように、アルコールの入った物は水となるような呪いをかけておこうか。ビール、ワイン、カクテル、すべてがただの水となるように」
あの日、毒杯はワインベースの毒入りカクテルとして水になった。いくら注がれても飲まされても死ななかったのはそのせいだ。
俺は――転生後、初めて神に感謝した。生き残ったからじゃない。これで、引き続き罪を償える。無理矢理とはいえ飲まされてしまったことに対する罪悪感が消えることはないが、これからも俺は酒を飲むつもりはない。例え口にしたところで水に変わるのだと分かっていても、そんなことは関係ない。
結果的に変わらないのなら下手に酒を断るよりも飲んでしまった方が楽だし、周囲との軋轢も生まないのだろうが、それが俺の決めた贖罪だから。
「あーなんか、君、大丈夫そうだね。呪いはもう必要ないかな」
祈りを捧げた神殿で。そんな声を聞いた気がするが、生涯確かめることはないだろう。
その夜。仏壇に水を供える娘の夢を見た。その顔は悲し気で、少しだけ許された気がした。そんな姿を見て少しだけ祝杯を挙げたい気持ちになったから、俺はまだ、俺を許すことはない。
だからいつかこの世界で再会することができたなら、ぜひとも水で乾杯したいと思う。
確かに前世では子供や周囲にもう酒は止めろと言われても、こんなもんは水と一緒だ、などと言って気にせず飲んでいた。もちろんそんな筈はないのに。酒に執着するあまりいよいよ味覚までおかしくなったのだろうか。そこまでして飲みたいのかよ、俺は。
様々な葛藤が駆け巡る中、見届け人の神官が俺に話しかけてきた。
「バカな……! なぜ、死なない!? ちゃんと飲んだのか?」
そう言って、無理矢理2杯目を飲まされた。やめてくれよ、飲みたくないんだよ。もう、家族を、周囲を裏切るのは嫌だ。殺すならさっさと殺してくれ。
そう思っているのにやはり死なない。いつの間にか牢に、イライラした様子のライバル家の嫡男が入ってきていて。
「小賢しいっ! 貴様、ワインをすり替えたんだろう!?」
そう言いながら俺に用意されたワインを飲み――その場で倒れて運び出された。
これはおかしいと、目の前でワインに毒を入れられた。そして、やはり無理矢理飲ませられるが――死なない。見届け人の神官はそれを見て。
「奇跡だ! 無実の者に対する神の許しだ。神殿の見届け人として、これ以上の執行は許可できない。早く、王へ使いを――!」
酒を飲まされた事実に気分が悪いが、酔いすら回ってこない。これはどういうことなのか。喧噪の中、俺は周囲の成すがままになっていた。
結局。ライバル家の陰謀により俺に罪が着せられていたことがその後の調べで分かった。ライバル家では希少スキルを利用した魅了発酵という技術を使い、飲んだ者を魅了状態にして意のままに操る酒を王宮へと納めていたそうだ。それを利用して不正を行っていたのだが、酒を一切飲まない俺がそれに気が付いて告発しようとしたために、全ての罪を擦り付けようとしたらしい。
ライバル家の嫡男は、元凶である俺が確実に処分されるのを見届けに来ていた。あのとき勢いで毒杯を呷って倒れたまま、帰らぬ人となった。
そして――俺は思い出していた。生まれ変わる前の、神的な何かとの会話。
「罪を償うための転生だからね。スキルなどは与えないよ。記憶を残したまま、酒にまみれた世界へと送る。だけど、そうだな。開き直られて飲んだくれの人生を謳歌されるのも癪に障るな。飲んだところで酒の恩恵は与えられないように、アルコールの入った物は水となるような呪いをかけておこうか。ビール、ワイン、カクテル、すべてがただの水となるように」
あの日、毒杯はワインベースの毒入りカクテルとして水になった。いくら注がれても飲まされても死ななかったのはそのせいだ。
俺は――転生後、初めて神に感謝した。生き残ったからじゃない。これで、引き続き罪を償える。無理矢理とはいえ飲まされてしまったことに対する罪悪感が消えることはないが、これからも俺は酒を飲むつもりはない。例え口にしたところで水に変わるのだと分かっていても、そんなことは関係ない。
結果的に変わらないのなら下手に酒を断るよりも飲んでしまった方が楽だし、周囲との軋轢も生まないのだろうが、それが俺の決めた贖罪だから。
「あーなんか、君、大丈夫そうだね。呪いはもう必要ないかな」
祈りを捧げた神殿で。そんな声を聞いた気がするが、生涯確かめることはないだろう。
その夜。仏壇に水を供える娘の夢を見た。その顔は悲し気で、少しだけ許された気がした。そんな姿を見て少しだけ祝杯を挙げたい気持ちになったから、俺はまだ、俺を許すことはない。
だからいつかこの世界で再会することができたなら、ぜひとも水で乾杯したいと思う。
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