【完結】それは本当に私でしたか? 番がいる幸せな生活に魅了された皇帝は喪われた愛に身を焦がす

堀 和三盆

文字の大きさ
上 下
82 / 88
番外編

3 帰らぬ夫(ヴィクトリア視点)

しおりを挟む

 二隻で出港した船は一隻になって港に戻ってきた。邪竜は無事に討伐できたものの、邪竜の魔力に引き寄せられてきた別の魔物の討伐とケガ人の回収作業に追われているうちに、ズィーガーの姿が見えなくなってしまったらしい。

 一隻は行方不明になったズィーガーの捜索と救助の為に海上に残し、ケガ人の搬送と連絡のために一隻だけで戻ってきたそうだ。

 他の船にも声をかけて、彼らと共にとんぼ返りでズィーガーの捜索に戻ってくれるらしい。

 行方不明の報を聞いて心配で倒れそうになりながらも、ヴィクトリアは用意しておいた食事とすぐに食べられそうな物を捜索へと向かう者達に持たせ、自らは治癒魔法を使いケガ人の治療にあたった。

 幸い死者はいなかった。が、夜になってもズィーガー捜索の船は戻らない。


(どうしよう。竜人とはいえこんな真っ暗な海で、泳げないズィーガーが生きていられるのか。もし溺れて死んでしまったら。そんなことになったら私も生きて――)


 ――生きて、いけてしまうのだ。


 運命の番は一度番えばお互いに魂を縛られて。生きるも死ぬも番と運命を共にすることになる。寿命が延びて力が強くなるだけじゃない、番の恩恵とは真逆にある負の側面だ。

 死によって最愛を喪えば、番の喪失に耐えられず残された方も寿命が尽きる。



 けれど――今のヴィクトリアにはそれすらも羨ましく思えた。



 子供を喪い生きる希望を失ったヴィクトリアに、再び生きる希望と目的を与えてくれたのはズィーガーだ。彼の協力があったからこそ、ヴィクトリアは子供を取り戻すことが出来た。それなのに。

 彼の安否がわからぬことで、あの時と同じ絶望がヴィクトリアの心を塗りつぶそうとしてくる。


「大丈夫ですよ、奥様。伯爵様の強さは島民みんなが知っています。私の夫も信じています。だから、ほら」


 いつも通いで働いてくれているメイドが、ヴィクトリアが心配だからと泊まり込んでくれている。彼女の夫もズィーガーの捜索に参加してくれているのだ。

 メイドに促されヴィクトリアが顔をあげれば、夜の海に捜索の為の明かりがいくつも見える。

 魔力がない島民にとっては、その明かり一つすら貴重なのに。物資が少ないこの島の島民はロウソクや油を大切にして、日の出と共に起きて日が沈むと寝る生活を送っている。

 それなのに、今は惜しむことなく貴重なそれらを使い、皆で夜通し夫の捜索を続けてくれているのだ。魔物に襲われる可能性だってあるというのに。


 ――それもこれも、皆がズィーガーの生存を信じてくれているから。


 みんなが信じてくれているというのに、妻であるヴィクトリアが信じないでどうするのか。
 ……大丈夫だ、ヴィクトリアの番はそんなに弱くない。


「そう……ね。皆がこんな時間まで探してくれているのだもの。あの人が見つかったら、あの人も捜索に協力してくれた皆もお腹を減らして戻ってくるはずだわ。こうしてはいられないわね。皆の為に、帰ったらすぐに食べられるような温かい食事を用意しておきたいの。悪いけど手伝ってもらえるかしら?」

「もちろんです。その意気ですよ、奥様! うちの人はたくさん食べますからね。……と、言うか身体を動かすので皆が大飯ぐらいです。たくさん用意しておかないと!」


 張り切るメイドと共にキッチンへと向かうヴィクトリア。炊き出し用の鍋を用意してもらい、大鍋でスープを作りパンを焼く。島民への感謝と――夫の無事を祈りながら。

 そして翌朝――。捜索隊と共に戻ったのは。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...