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番外編
3 帰らぬ夫(ヴィクトリア視点)
しおりを挟む二隻で出港した船は一隻になって港に戻ってきた。邪竜は無事に討伐できたものの、邪竜の魔力に引き寄せられてきた別の魔物の討伐とケガ人の回収作業に追われているうちに、ズィーガーの姿が見えなくなってしまったらしい。
一隻は行方不明になったズィーガーの捜索と救助の為に海上に残し、ケガ人の搬送と連絡のために一隻だけで戻ってきたそうだ。
他の船にも声をかけて、彼らと共にとんぼ返りでズィーガーの捜索に戻ってくれるらしい。
行方不明の報を聞いて心配で倒れそうになりながらも、ヴィクトリアは用意しておいた食事とすぐに食べられそうな物を捜索へと向かう者達に持たせ、自らは治癒魔法を使いケガ人の治療にあたった。
幸い死者はいなかった。が、夜になってもズィーガー捜索の船は戻らない。
(どうしよう。竜人とはいえこんな真っ暗な海で、泳げないズィーガーが生きていられるのか。もし溺れて死んでしまったら。そんなことになったら私も生きて――)
――生きて、いけてしまうのだ。
運命の番は一度番えばお互いに魂を縛られて。生きるも死ぬも番と運命を共にすることになる。寿命が延びて力が強くなるだけじゃない、番の恩恵とは真逆にある負の側面だ。
死によって最愛を喪えば、番の喪失に耐えられず残された方も寿命が尽きる。
けれど――今のヴィクトリアにはそれすらも羨ましく思えた。
子供を喪い生きる希望を失ったヴィクトリアに、再び生きる希望と目的を与えてくれたのはズィーガーだ。彼の協力があったからこそ、ヴィクトリアは子供を取り戻すことが出来た。それなのに。
彼の安否がわからぬことで、あの時と同じ絶望がヴィクトリアの心を塗りつぶそうとしてくる。
「大丈夫ですよ、奥様。伯爵様の強さは島民みんなが知っています。私の夫も信じています。だから、ほら」
いつも通いで働いてくれているメイドが、ヴィクトリアが心配だからと泊まり込んでくれている。彼女の夫もズィーガーの捜索に参加してくれているのだ。
メイドに促されヴィクトリアが顔をあげれば、夜の海に捜索の為の明かりがいくつも見える。
魔力がない島民にとっては、その明かり一つすら貴重なのに。物資が少ないこの島の島民はロウソクや油を大切にして、日の出と共に起きて日が沈むと寝る生活を送っている。
それなのに、今は惜しむことなく貴重なそれらを使い、皆で夜通し夫の捜索を続けてくれているのだ。魔物に襲われる可能性だってあるというのに。
――それもこれも、皆がズィーガーの生存を信じてくれているから。
みんなが信じてくれているというのに、妻であるヴィクトリアが信じないでどうするのか。
……大丈夫だ、ヴィクトリアの番はそんなに弱くない。
「そう……ね。皆がこんな時間まで探してくれているのだもの。あの人が見つかったら、あの人も捜索に協力してくれた皆もお腹を減らして戻ってくるはずだわ。こうしてはいられないわね。皆の為に、帰ったらすぐに食べられるような温かい食事を用意しておきたいの。悪いけど手伝ってもらえるかしら?」
「もちろんです。その意気ですよ、奥様! うちの人はたくさん食べますからね。……と、言うか身体を動かすので皆が大飯ぐらいです。たくさん用意しておかないと!」
張り切るメイドと共にキッチンへと向かうヴィクトリア。炊き出し用の鍋を用意してもらい、大鍋でスープを作りパンを焼く。島民への感謝と――夫の無事を祈りながら。
そして翌朝――。捜索隊と共に戻ったのは。
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