81 / 88
番外編
2 夫を信じて(ヴィクトリア視点)
しおりを挟むこの島へと移住し、ヴィクトリアが夫への愛を自覚してから20年。胸にうまれた想いをじっくりと育て、胸に火傷の痕を残しつつもヴィクトリアの竜鱗はほぼ元の状態に戻っている。
同じく竜鱗を喪った夫の――ソレは知らない。
契約結婚からは脱却したものの、今も白い結婚は続いているからだ。
共に暮らし、そばに寄り添い、手を繋ぎ、口づけをかわし――ゆっくりすぎるほどゆっくりと育んできた愛情は、もはや目を逸らすことが出来ないほどの大きさになってはいるのだが。
ざわり、ざわり……。
一度ヴィクトリアの胸に生まれてしまった不安は中々消えてくれない。それどころか、時間が過ぎるごとに不確かなソレは増すばかり。
そんな中で、ヴィクトリアは必死に自分に言い聞かせる。
大国ドラゴディス帝国で長く騎士団長を務めてきた夫は強い。この島国へ来てからも魔物の討伐を危なげなくこなし、遅くとも夕方には帰ってきて、必ずヴィクトリアと共に夕食をとる。この20年間ずっとそうだったではないか。
通いのメイドはいるけれど、夫は拙いヴィクトリアの作った料理を好むので、基本的に食事はヴィクトリアが作っている。そうやって作り続けているうちに、段々とレシピも夫の好物も増えてきた。
おかげでヴィクトリアの料理の腕はかなり上達したと思う。たまに島へ遊びに来る娘が食べて驚くほどだ。離宮で生活していた頃と比べると味が雲泥の差らしい。
……ヴィクトリアとしては最後の方はそこまで酷くはなかったと思うのだが。
たわいもない娘との会話を思い出し、ヴィクトリアは頬を緩めて。
『番であればもっと長く一緒に居られたのに』
不意に夫を亡くした娘の言葉が脳裏をよぎり――背筋が凍り付いた。
番であるヴィクトリアとズィーガー。共に暮らしてはいるものの、身体を重ねていないため番の恩恵は受けていない。
日々一緒に居られるだけで十分過ぎるほどに幸せで、むしろこの心地よい関係を壊してしまいそうで一線を越える勇気が出なかったからだ。
番の祝福を受けていれば竜人としての力も増すし、寿命も飛躍的に延びる。勇気を出して夫と一線を越えていれば、ヴィクトリアがこれほど不安になることも無かったのだろうか。
――大丈夫。
夫は強いし夕方には帰宅して、いつも通り美味しい美味しいと言いながらヴィクトリアの作った夕食を食べてくれる……はず。
(ダメだわ。今日は書類仕事が全く手に付かない)
こうなったら、たくさん夫の好物を作ろう。そうだ、時間がかかるケーキを焼こうか。
小さなこの島にはケーキ屋が一件もないから、ケーキを食べるならヴィクトリアが自分で焼くしかないのだ。甘いものが大好きな夫はきっと喜んでくれるはず――。
そう決意してヴィクトリアはキッチンへと向かう。
笑顔で食べてくれる夫の姿を想像し、無心で料理を作り続けるヴィクトリア。
けれど――。
夕食を作り終わっても。ケーキを焼き終わっても。
――討伐に向かった船が戻っても。
ズィーガーの姿だけがそこにはなかった。
87
お気に入りに追加
2,714
あなたにおすすめの小説
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】魅了が解けたあと。
乙
恋愛
国を魔物から救った英雄。
元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。
その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。
あれから何十年___。
仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、
とうとう聖女が病で倒れてしまう。
そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。
彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。
それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・
※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。
______________________
少し回りくどいかも。
でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
君は僕の番じゃないから
椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。
「君は僕の番じゃないから」
エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが
エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。
すると
「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる
イケメンが登場してーーー!?
___________________________
動機。
暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります
なので明るい話になります←
深く考えて読む話ではありません
※マーク編:3話+エピローグ
※超絶短編です
※さくっと読めるはず
※番の設定はゆるゆるです
※世界観としては割と近代チック
※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい
※マーク編は明るいです
異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜
雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。
モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。
よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。
ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。
まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。
※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。
※『小説家になろう』にも掲載しています。
けじめをつけさせられた男
杜野秋人
恋愛
「あの女は公爵家の嫁として相応しくありません!よって婚約を破棄し、新たに彼女の妹と婚約を結び直します!」
自信満々で、男は父にそう告げた。
「そうか、分かった」
父はそれだけを息子に告げた。
息子は気付かなかった。
それが取り返しのつかない過ちだったことに⸺。
◆例によって設定作ってないので固有名詞はほぼありません。思いつきでサラッと書きました。
テンプレ婚約破棄の末路なので頭カラッポで読めます。
◆しかしこれ、女性向けなのか?ていうか恋愛ジャンルなのか?
アルファポリスにもヒューマンドラマジャンルが欲しい……(笑)。
あ、久々にランクインした恋愛ランキングは113位止まりのようです。HOTランキング入りならず。残念!
◆読むにあたって覚えることはひとつだけ。
白金貨=約100万円、これだけです。
◆全5話、およそ8000字の短編ですのでお気軽にどうぞ。たくさん読んでもらえると有り難いです。
ていうかいつもほとんど読まれないし感想もほぼもらえないし、反応もらえないのはちょっと悲しいです(T∀T)
◆アルファポリスで先行公開。小説家になろうでも公開します。
◆同一作者の連載中作品
『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』
『熊男爵の押しかけ幼妻〜今日も姫様がグイグイ来る〜』
もよろしくお願いします。特にリンクしませんが同一世界観の物語です。
◆(24/10/22)今更ながら後日談追加しました(爆)。名前だけしか出てこなかった、婚約破棄された側の侯爵家令嬢ヒルデガルトの視点による後日談です。
後日談はひとまず、アルファポリス限定公開とします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる