【完結】それは本当に私でしたか? 番がいる幸せな生活に魅了された皇帝は喪われた愛に身を焦がす

堀 和三盆

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番外編

9 叶わぬ願い

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 ぴちゃん……ぴちゃん……

 気を失うように眠り、水音で目が覚めれば悪夢が始まった。
 リエーヴルはやり過ぎたのだ。ロイエの留守中に攫われて、毎日毎日限界まで血を抜かれる。

 貧血だろうか。目が回るような眩暈が常にする。吐き気がすごい。精がつくものを無理やり食べさせられて、調子が戻れば再び血が抜かれる。

 毎日毎日その繰り返し。

 どんどん顔色が悪くなっていき、鏡を見てまるで死者のようだと思ったのはいつだったか。今はもう、鏡を見るために立ち上がることすら出来ない。


「ロイ……ロイ……助け…て…ぇ…」


 あまりの辛さにリエーヴルが愛しい番の名を呼べば、『ああ、いいですね。その調子で。想いが混じっていい薬が出来そうだ』と、嬉々として更に血が抜かれる。

 色んな人が血を抜くけれど、同情してくれる者は一人もいない。作業にあたる皆が淡々と、そして時には罵倒しながらリエーヴルの血を抜いていく。この先に待ち受けているリエーヴルの運命を語りながら。

 そうして恐ろしさに気を失って夢を見る。

 繰り返し繰り返し同じ夢を見ているのに、何がいけなかったのか分からない。リエーヴルはドレスが着たかっただけだ。そして、それをいくらだって与えてくれる番と出会った。リエーヴルの為ならどんな願いだってかなえてくれる番だ。だから甘えた。


 それだけなのに、一体何がいけないの?


『くそっ、うまく血が取れない』


 舌打ちが聞こえる。ハズレの人だ。
 血が抜かれる。想いが奪われる。命が消える。

 やめて。痛いの。苦しいの。
 お願い助けて。


「ロイ、ロイ……お母さ……」

『オイ、余計なものを混ぜるな。……いいか、お前のせいでたった一人の妹が酷い目に遭ったんだ。楽に逝けると思うなよ。最後の一滴まで搾り取ってやるからな』


 誰よ。そんなの知らないわよ。いいから助けてよ。
 限界なの。苦しいの。

 ロイ…ロイ……。


 …ロイ……? 
 …………誰?

 誰でもいいか……ら……。

 助………。


 想いと命が削られて。
 リエーヴルはどんどん空っぽになっていく。





 たくさん血を抜かれたから今日は眩暈が特に酷い。そんな中でリエーヴルはいつもと違う夢を見た。

 もうずっと会っていなかった母の夢。
 リエーヴルが必要ないと国に棄ててきた母の夢。

 最後に会った時よりも随分と若い。
 リエーヴルより大きなウサギの耳で、リエーヴルの拙い話を聞いてくれている。


『どうして愛人にしてもらわなかったの?』
『どうして本当のお父さんの話をしてはいけないの?』


 哀しい顔をしながらも。リエーヴルの目を見てしっかりと疑問に答えてくれる母。

『あのね、お母さんは間違えてしまったの。優しくしてくれる貴女のお父さんが大好きだったけれど、お父さんには既に奥様がいたの。皆が不幸になってしまうから、どんなにお父さんから愛されても愛していても、お母さんは絶対に受け入れてはいけなかったの。でもね、貴女を授かったことは嬉しかった。大切な貴女の命を守りたかった。もし私があのままあの人のもとに留まっていたら、お母さんだけでなく大切な貴女の命まで危険に晒してしまうから。だからお母さんは貴女を一人で育てることにしたの。お父さんとお母さんは結ばれる運命ではなかったから道は違えてしまったけれど、これだけは忘れないで。お母さんもお父さんも貴女を愛しているの』


 愛する貴女には生きて幸せになって欲しいのよ――。


 みっともないボロボロの服を着て。

 リエーヴルの耳を撫でながら母が何かを真剣に答えるけれど、幼いリエーヴルには分からない。ただただ、母親が着ているみっともないツギハギだらけの服に目が行ってしまう。


(わたしはもちろんだけど。お母さんだって、ドレスの方が似合うのに)


 一瞬。ぐらりと大きな眩暈がしていつもの夢に戻されそうになったとき。

 母親とは違う大きな手で。
 優しく優しく耳を撫でられる感触がして――。




 リエーヴルはそのまま絶命した。



 粛々とこの世から自分を消し去る恐ろしい作業が続く中。
 女神様のもとへは行けないリエーヴルの耳を撫で続ける何かに気をとられて。



 番の名を呼び、妄執が残る抜け殻に必死に手を伸ばしてくる男の存在には、最後まで気付かぬまま――――。





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