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64 前例と考察(ヴィクトリア視点)
しおりを挟む――驚いたことに。
実は最近。ヴィクトリアの喪った竜鱗のあたりに、うっすらと新しい鱗が生えてきた。
迂闊に触れたらすぐにでも剥がれ落ちてしまいそうな頼りないものではあるけれど、それは確実に、今も少しずつ成長を続けている。
まるで、少しずつヴィクトリアの胸の中で育っている夫への思いのように。
一度喪ったら再生はされないという竜鱗。
奪われた子供を取り戻すため、番への思いを断ち切るためにヴィクトリアがそれを焼いたのは過去にその『前例』があったからだ。
ドラゴディス帝国の城に保管されていた、番と竜鱗に関する古い古い記録――。
それは愛する者と結ばれるために運命の番を拒絶し、自ら『竜鱗』を焼いた竜人の娘の物語。
愛を貫くために竜鱗を手放した娘は番への思いを断ち切ることに成功し、無事に愛する者と添い遂げることが出来たそうだ。
調べてみると似たような伝承は他にもいくつかあって、場所や性別が変わってもその全てに共通しているのは『喪った竜鱗は二度と元には戻らない』――――ということ。
それ故、たとえ回復力の高い竜人であっても竜鱗だけは絶対に再生されないと伝えられてきたのだ。
――けれど。
番を得ると、女神様の祝福で力や寿命がそれまでの何倍にもなるという竜人。
その恩恵を手放して、自ら竜鱗を焼いてまで運命の番を遠ざけた竜人が、そうまでして拒絶した相手を自分の伴侶に選ぶなどという例が、これまでにいったいいくつあったというのか。
少なくともヴィクトリアが知る限り一つも存在しなかったはずだ。
そもそも、ヴィクトリアが自分の竜鱗を焼いたのは奪われた我が子を取り戻すためだった。偶然とはいえヴィクトリアの番が判明してしまった以上、ロイエと閨を共にするためには本能の源となる竜鱗を排除する必要があったから。
――決して、番である騎士団長を嫌ってのことではない。
それどころか、ヴィクトリアはずっと騎士団長に対しては感謝の念を抱いていた。
ロイエがドラゴディスへ番を連れ帰ってから、ヴィクトリアと三人の子供達が離宮に追いやられるまで。
秘密裏に上の子供達を預かり番の魔の手から守ってくれていたのは、まだヴィクトリアの番であると判明する前の騎士団長だ。彼のお陰でヴィクトリアはまだ幼いエクセランを守ることに集中できた。
それだけじゃない。
ヴィクトリアの食事に毒を盛られた際は敵しかいない城の中へ命綱となる安全な食料を運び続け、離宮に火が放たれた際は危険を顧みることなく炎に飛び込み、ロイエが仕掛けた陰湿な罠から意識のないヴィクトリアを助け出してくれた。
そのお陰で子供を取り戻すという希望が繋がったし、彼は竜人にとって唯一無二の竜鱗を焼いてまで、ヴィクトリアが子供を取り戻す手助けをしてくれたのだ。
番であろうとなかろうと、そんな相手に対し好意を抱かぬはずがない。
ふわり。
「……っ!!」
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