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57 舞台裏(ヴィクトリア視点)

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 長い昏睡の果てに意識を取り戻したあの日。

 傍で警護をしていた騎士団長にヴィクトリアが一番に尋ねたのは子供達の安否だった。

 燃え上がる離宮からヴィクトリアを助け出したのは、ロイエにより更迭されていた騎士団長だ。あの日はたまたま彼が様子を見に来ていて火事に気がついた。

 ロイエが使用していた脱出防止の魔道具により、ヴィクトリアと子供達は燃え盛る離宮の中に囚われていた。脱出しようとしても強制的に元の位置に戻されて、生きている限り外には出られないのだ。

 そんな魔道具が使われながらヴィクトリアが助かったのは、助け出される際に一度心臓が止まっていたから。

 騎士団長の人工呼吸でお互いの竜鱗が反応し、番と判明した衝撃で止まっていたヴィクトリアの心臓が再度鼓動を始めたらしい。竜人にとって番が見つかるというのは祝福であり、それくらい衝撃的な事なのだ。

 ヴィクトリアと同時に助け出された子供達は竜人としてはまだ弱く、離宮の外に運ばれた時点で完全に手遅れとなっていた。

 既に埋葬は済まされており、騎士団長からそれを聞かされたヴィクトリアはあまりの衝撃に生きる気力を失った。

 しかしロイエの常軌を逸した行動を重く見た議会によって帝国では禁止されていた魅了薬の作製と使用が決定されたこと、その為にロイエの番が処分されたこと、魅了薬の作成過程を目撃したせいでロイエの精神が不安定になったこと、次代を誕生させる為に番から作成した魅了薬を使用する者を探していることを聞かされて、ヴィクトリアはすぐさま『私がやります』と立候補した。

 魅了薬を使えば自らを番と誤認させて皇帝の子供を得ることが出来る。

 ロイエの子を産んでさえくれれば偽の番は誰であろうと構わない。けれど、喪った子供達を女神様の元から連れ戻せるのはヴィクトリアだけなのだ。

 番以外とは子供ができにくい竜人ではあるが、これには相性もあるようでヴィクトリアとロイエは短期間に3人もの子宝に恵まれている。よって他の者よりは成功する可能性が高い。
 魅了薬の量には限りがある為、少しでも成功確立を上げる必要があった。


 唯一の問題はあの火事でヴィクトリアの番が判明してしまったこと。


 ヴィクトリアはその問題をクリアするために自ら竜鱗を焼いた。そしてヴィクトリアの番である騎士団長も後に続いた。

 憎しみすら抱いているロイエと肌を合わせるのはつらかった。しかし、ロイエに奪われた子供達を取り戻すためだとヴィクトリアは心を殺し必死に耐えた。


 その甲斐もありヴィクトリアは懐妊した。


 幼い頃から支え合い拙いながらも愛し合っていたヴィクトリアとロイエ。その愛情豊かな頃に身籠った双子は授からずに、少し愛情に陰りが見え始めていた頃に授かったエクセランが先に産まれた。喜びと共にヴィクトリアの心には喪失感が広がった。


 エクセランを再びこの腕に抱けたのは嬉しい。
 けれど、同じように愛していた双子はもう取り戻せないのか。


 深い哀しみから心を壊したヴィクトリアにロイエは優しく寄り添った。
 その結果双子が誕生した。

 なるほど、以前とは違いヴィクトリアがロイエを愛せなかったのが原因かと納得した。魅了薬の効果とはいえ、甲斐甲斐しくヴィクトリアの世話を焼き、壊れた心に寄り添う姿に愛し合っていた頃のロイエの幻が見えたから。そのお陰で待望の双子を授かれたのだ。

 ……残酷に子供の命を奪った彼を許すことはないけれど。


 授かる順番は逆になってしまったが、ようやくヴィクトリアは愛する子供達を取り戻すことができた。魅了薬の効果が切れそうだったのでタイミング的にはギリギリだった。

 目的を達成したヴィクトリアはロイエと距離を取った。

 魅了薬に耐性が出来たロイエは常にイライラして不安定さを増したが、哀しい思い出しかないエクセランに父親に愛された記憶を与えるために生かされた。

 魅了薬の効果が薄れる中で思いのほか長く持ったのは、子供に対しての愛情があったから――だと思いたい。そうでないと父親を慕っていた子供達が可哀想すぎる。

 ヴィクトリア自身はロイエを見限っていても。


『ち ちう……え ど ぅ……し て………』


 炎に巻かれた子供達の、喉から絞り出すような絶望に染まった最期のあの言葉を聞いてしまったから。




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