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44 与えられた思い出
しおりを挟む「……ッ…………ちち…う、え……」
「頑張ったな、エクセラン」
「偉かったわよ、エクセラン」
「す……すいません、兄上姉上。……っ僕……が、一番しっかりしなくてはいけないのに、こんな風に…泣いたりし、て……」
言いながらも、ぽろぽろと流す涙は止められない。エクセランは真新しい正装の袖口で涙を拭おうとして――小さな手で止められ、新しいハンカチを渡される。
その途端、そのハンカチからふわり、と控えめで柔らかな花の香りがしてエクセランの胸に温かいものが広がった。
コレは……この匂いは――。
「は……はうえ――の?」
「そうよ。きっと、必要になるからと全員分渡されたの。――さあ、お姉様の可愛い可愛いエクセラン。私の分のハンカチもどうぞ使ってちょうだいな」
「……からかわないでください姉上――でも…っ、ありがたくお借り、します……ううっ」
ぐずぐずと鼻を鳴らし、流れる涙は止まらない。
――が、新たにそっと横から差し出されるハンカチでようやくエクセランの涙は止まり、新たな服は汚さずに皇太子としての矜持は保てたようだ。
こうも目の周りを腫らしていては、それも効果があるのかは分からないが。
「もう……大丈夫です。ありがとうございます、姉上、兄上。今回の猶予は――全て、僕の為だったのでしょう?」
「俺達は初めの記憶があるからな。けれど、その分裏切られたと言う思いが強いんだ。だから最初からあの人に対して何も期待はしていないし、恨みこそすれ既に愛情はない。そういった意味での別れは済んでいる。――でも、お前は小さかったうえに、あの人から愛された記憶すらもらえなかっただろ。可愛いお前を守れなかったことに加え、それだけが俺の心残りだったんだ」
優しい優しい小さな兄。噛みしめた唇からは喪った思いと損なった信頼への苛立ちが見て取れる。小さな兄はそんな思いをしてまでエクセランに父親との温かな思い出をくれようとしたのだろう。
たとえ、それが偽りの上に成り立ち明確な期限があろうとも。
それでも――。
「ありがとうございます、兄上。僕――いえ、私はもう大丈夫です」
自分だけが兄姉の犠牲のもとに与えられた温かな思い出の中で、ぬくぬくと守られてはいられない。
幸せな思い出は貰った。だから、この先は皇太子としてやるべきことを為すまでだ。
与えられたハンカチを小さな姉の手に返し、小さくなっていく馬車に背を向け歩き出したエクセランはそれまでの、甘えたで愛された子供から帝国の為の無慈悲な決断を下す皇太子としての顔に変わる。
帝国の未来を見据えるその目にはもう、涙は浮かんでいなかった。
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