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42 全てを喪った場所へ

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『離宮』――ヴィクトリアからそう言われ、限界まで膨れ上がって破裂しそうになっていたロイエの不満と怒りが急激に萎んでいくのを感じた。

 ロイエにとって、『離宮』は自らが犯した罪の象徴のような場所だからだ。

 ここ数年のヴィクトリアの態度から遠回しにロイエを責めているのか、と警戒するがヴィクトリアはいつも通り穏やかに笑んでいる。むしろ、ロイエを気遣ってすらいるようだ。

 そのことで頭が冷えて冷静になる、と同時にそれで全てが理解できた気がした。

 あの女のせいで――ヴィクトリアは離宮に送られ、最初に授かったロイエとの子供を喪った。だからこそ、新たに授かった子供が成長するまではヴィクトリアも必死だったのではないか。

 そして子供が無事に成長したからこそ、こうしてヴィクトリアも落ち着きを取り戻して、再びロイエに歩み寄ってくれた……そう考えると納得がいく。


 あの離宮はロイエの番を騙る女の策略で火をかけられて燃え落ちた。そのせいで大切な子供を喪いヴィクトリアの心と身体に消えない傷痕を残してしまった。

 ロイエは自らの過ちを消し去りたい一心で、正気を取り戻してすぐに無残な姿をさらす離宮を取り壊し新しい物に建て替えさせたが、ヴィクトリアは今まで決してそこに近寄ろうとはしなかった。

 そんな離宮に行こうとヴィクトリアの方からロイエを誘ってくれたのだ。

 ヴィクトリアを見ると、思いもよらず晴れやかな笑顔を向けられドキリとした。


 それが作られた――どこか無理をしている今までのような笑顔ではなく、自由で楽しかった子供の頃のように無邪気な――――心からロイエに向けられたものだったから。


「今までどうしても……あの場所に行く勇気が出なかったのです。でも――子供達の成長を見届けたことで、ようやく過去と決別する決心がつきました。ですから――」



 哀しい過去は終わらせて、あの場所からもう一度全てを始めましょう――――そう言われて。



 ロイエは今まで本当の意味では許されていなかったのかもしれない、と悟った。


 皇后としての立場を失い矜持を奪われ、そうまでして守った子供をも喪って――ボロボロになっていたヴィクトリア。

 それでも皇后として、正気を取り戻したロイエに笑顔で寄り添ってくれてはいたが心はずっと悲鳴を上げていたのかもしれない。


 ロイエとの間に授かった初めての――いや。
 本来ならば『二人目』となったはずの、エクセランが産まれたあの日のように――――。




 その夜は何もせず、ロイエは夫婦の寝室でただヴィクトリアを抱きしめその温もりを感じて眠った。


 愛しい愛しいヴィクトリア。
 二人が心を通わせた今、本当ならすぐにでも抱いてしまいたい。


 けれどロイエが再びヴィクトリアを抱くのは離宮へと行ってからだと決めた。
 ――他ならぬヴィクトリアがそう望んだから。


 無理に身体を開いて閨を共にすることは出来る。けれど、そんなことをしたら今まで薄氷の上に築き上げてきた全てが壊れてしまう。


 灰となった哀しい過去を覆い隠し、その跡地に新しく建てたキズ一つない離宮。全てを喪ったあの場所で、愛するヴィクトリアと今度は『番』として新たな関係を築く。


(確かに……過去を乗り越えやり直すのにあの場所以上に適した場所はない筈だ)


 ヴィクトリアによってなされた提案はロイエにとっても都合が良く――また、甘やかなものに思えたのだった。




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