【完結】それは本当に私でしたか? 番がいる幸せな生活に魅了された皇帝は喪われた愛に身を焦がす

堀 和三盆

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35 きょうだい

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「にーたま。にーたま」

 子の成長は早い。ついこの前まで赤子だったロイエの息子が今では二人の弟妹の兄になっている。


 今も、ロイエの息子――長男のエクセランが庭園のベンチに座って、隣に座るヴィクトリアが抱く小さな弟に話しかけている。

 ――何と心温まる光景だろう。


 それもこれも、ヴィクトリアが偽の番に溺れたロイエを許し、見捨てずにいてくれたからだ。そうでなければ、一度家族を裏切ったロイエがこの幸せな日常を手に入れることは出来なかっただろう。

 帝都の視察を終えたロイエは、その幸せな家族の輪に入ろうとして、吸い寄せられるように近づいていく。

 ――が。


「ほぎゃあ、ほぎゃあ…っ!」
「ほぎゃあ、ほぎゃあ…っ!」


「……おっと。いけない、赤子を起こしてしまったか」


 ロイエが妻と子がいるベンチに近づくと、すやすやと眠っていたように見えた赤子が突然、ヴィクトリアの腕の中で火が付いたように大声で泣き出した。そして、それにつられたように、横に立っている乳母が抱いていた赤子までもが泣き出してしまった。

 またか……とロイエは苦笑いをした。

 どうやら。この双子はロイエが持つ膨大な魔力に反応をしてしまうらしく、ロイエが近づくと今みたいに大泣きをしてしまうのだ。

 そう言えば赤子のころは上の子もそうだったな、とロイエは昔を思い出して懐かしく感じた。

 それが、少し大きくなった今は臆することなくロイエに懐いてくれているのを思えば、単に慣れの問題なのかもしれない。


「ほぎゃ、ほぎゃあ……っ」

「にーたま。にーたま、だいじょぶ。だいじょうぶよ」


 泣き出した赤子に話しかけて、優しくあやす長男のエクセラン。小さい頃はすぐに泣き出しどこか頼りなかったが、こうしてみるとしっかりと兄としての自覚が育っているようだ。


「よしよし。いいぞ、エクセラン。お前は『にーさま』になったのだから、そうやってしっかり弟妹を守ってやるのだぞ」


 兄弟の絆を微笑ましく思い、ロイエが面倒見の良い長男を褒めると、当の褒められたエクセランがロイエを見上げてキョトンとしている。


「ちがう。エクにーたまちがう」

「違う? 何が違うんだ?」

「にーたま、おねんね」


 ニコニコと。ヴィクトリアが抱く赤子――弟のシュタルクを覗き込みご機嫌のエクセラン。見れば、赤子は泣き疲れたのかウトウトとしている。
 どうやら、まだ幼い長男は自分ではなく、産まれたばかりの弟を『にーたま』と呼んでいたようだ。


「ははは。違うぞ? エクセラン。後に産まれたその子はお前の弟で、兄様はお前の方だ」

「とーたま、エク、おとーと。にーたま、ちがう。にーたま、ねーたま、おねんね。エク、にーたまちがうの」


 ぷくっと頬を膨らまして、首を振るエクセラン。何故か、長男は頑なに赤子を『にーたま』と呼び続けている。そして、妹を『ねーたま』と呼んでいるようだ

 皇帝であるロイエの子供は普通の子供ではない。

 特に長男であるエクセランはいずれこの帝国を継ぐことになる。だから間違うことなど許されないし、幼いうちから教育を始めて厳しくしつけなくてはならない。

 ロイエは間違いを早めに正した方が良いと思いながらも、その可愛らしさにほだされ、今日の所はそっとしておくことにした。


(間違いを正すのは簡単だが、まあ焦らずとも時間はある。それに、このような可愛らしい間違いを目にするのも子供が小さいうちだけだからな)


 そう考えるとただの覚え間違いも特別なものに思えてくる。厳しく育てられるべき皇帝の子供とはいえ、無理にここで正す必要もないとロイエはそう判断したのだ。

 時が来れば自然と直るだろう――ロイエは我が子を信じ、その成長を静かに見守ることにした。



 けれど――。


 兄は頑なに弟妹を『兄様』『姉様』と呼び続け、双子も当然のようにそれを受け入れて。
 子供達が成長しても何故かこの間違いだけは中々直らなかった。


 それどころか、周囲の大人にまでソレが広がることすらあったのだ――――。




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