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そのときのこと 前編(オネスト視点)

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「ヒールヒールヒールヒール…ヒール……ヒー…ル」

 心地よい声が絶え間なく聞こえ、オネストの意識が浮上する。

 オネストが目を覚ますたびに聞こえてくる、包み込むような優しい声。あまりに絶え間なく続くものだから最初は音だとばかり思っていたが、どうやら声のようだ。

 体が重い。だるい。痛い。
 思うように動かない。

 それでもその心地よい声が聞こえると少しだけオネストの体が軽くなる。ああ楽になった……と、再び深い眠りに落ちようとする自分に抗って、オネストは閉じようとする目を必死に開ける。


 ずっと夢を見ていた。

 周囲から必要とされず。
 冤罪をかけられ。
 国から追われ……。

 ――そして。

 生きるために冒険者となったオネストは自分が雇った冒険者にダンジョン内に置き去りにされた。
 ベテラン勢だけでこの先の様子を見てくるからと休憩した場所で留守番を頼まれて、彼らはそのまま帰ってこなかったのだ。

 弱いオネストは戦闘ではたいして役に立てない。せめてもと積極的に荷物持ちをしていたお陰で水と食料はある。しかし、初めての高難易度のダンジョン。オネスト一人ではあからさまに実力不足だ。だからこそ経験豊富な冒険者を雇ったし、彼らに言われるがまま高額の報酬を先払いしていたのだが。

 あまり価値のない戦利品と嵩張る荷物のみを次々とオネストに渡してくる一方で「落としたら大変だから貴重品はベテランの我々に一つ残らず預けるように」と言ってくる時点で気が付くべきだったのかもしれない。

 ただ、『次は騙されないように気を付けろ』と書かれた紙がいつの間にかポケットに入っていたので根は悪い人間ではなかったのだと思う。

 ソレがなかったらオネストは騙されていることにすら気が付かずに、ずっと冒険者たちの心配をしながら帰りを待ち続けていただろうから。

 頼りになるのは頼りにならない自分だけ。


 そして途方に暮れてダンジョンを彷徨っていた時に、オネストを騙した冒険者とは別の冒険者に絡まれている女性を見つけ、格好よく助けた――まではよかったが。


 女性に絡んでいた冒険者にオネストはボコボコにされてしまった。

 骨が折れる感触がした。体内から響く音。

 殴られたところが痛む……いや、蹴られたところだったか。オネストは早々に気を失ってしまったのでよく分からない。痛くない所の方が少ないくらいなので、正直、眠っていた方が楽だった。

 それでも、冒険者に絡まれていた女性の安否が気になっていた。

 無事だろうか。彼女は痛い思いをしていないだろうか。

 オネストは自らの痛みよりもそのことの方が気がかりだった。だから、必死で目を開け意識を取り戻す。


 そして――。

「君! 大丈夫か!?」

「いや、それ、こっちのセリフだから!!」



 …………一瞬。
 オネストは自分が死んだのだと思った。


 絡まれていた女性の、泣きそうな。ホッとしたような。
 泣き笑いの心から嬉しそうな笑顔。

 それがあまりにきれいで女神様に見えたのだ。


 オネストがこの世界で一番大好きな笑顔がそこに在った。



――――そう。
――『あのとき』と同じ。


 若く美しいままの。


「リベルタ……」




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