【完結】番が見ているのでさようなら

堀 和三盆

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52 彼女の番は――(番視点)

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 ふわふわの耳に元気がない。

 愛しい、愛しい俺の番。今も甘いニオイでクラクラしているのに。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているんだ?

 ゴクリとつばを飲み込んだ。
 おかしい。あんなに水を飲んだのに。のどがカラカラだ。


「『取引』の話はリュシーから聞いているのでしょう? …私もリュシーから貴方の事を聞いているの。だから……」

「い……嫌だ! 聞きたくない」


 俺は慌てて自分の耳を押さえた。嫌な予感がする。

 ここ数日ずっと不安だった。牢の中で寝ていることしかできなくて、考える時間だけはいくらでもあったから。


『ぜえ…はあ……『先生が番』……? 『女神様』?? おい、今、何て……ちょ、大丈夫か……!?』 


 俺の番に無断に触れた、弱そうな人間のオスの言葉を再び思い出す。この牢へ入れられてから何度も何度も思い出した。
 そして何度も何度も考えた。

 だって、聞き捨てならないキーワードばかりだ。『番』……『女神様』……それに前世での『取引』……そこから想像できるのは……。もしかして…ダメだ、考えるな。

 もしかして既に――ダメだ、ダメだ、ダメだ!!


「ごめんなさい。私ね、リュシーから貴方についての報告を受けた後、救済措置を受ける為に」


 聞きたくない! 聞きたくない――のに。



「『先生を私の番にして欲しい』って女神様にお願いしたの」



 ……聞きたくないのに無駄に性能がいい俺の耳は、番の小さなつぶやきをしっかりと拾ってしまった。


「う…嘘だ! 嘘だ、嘘だ! 君からは今も甘い香りがしているんだ! 俺の番は間違いなく君の筈だ! 俺の…番は…君……」


 ガシャン! ガシャ…!


 耳から手を離し、檻にしがみついて訴える。できるだけ自分の愛する相手が間近に見えるように。獣人は人の心を読むのに長けているのだ。それが、感覚全てが増幅される番のこととなれば尚更わかりやすい筈。
 しかし彼女の表情にも――声にも嘘や矛盾は感じ取れない。

 俺の番は嘘を言ってはいない……それが分かって、鉄格子を握りしめたまま項垂れた。


 そう。俺の番……は嘘を言っていない。

 俺の番は間違いなく『君』。
 ただし、彼女の番は――――俺じゃ、なく…なって……




「……………………」

「………………」

「…………」

「……」

「…」





「わ……、悪い! ぜーはー…遅…く、なった……ぜえ、ぜえ、はー…」

「先生」

 ふわり。


 ふと気が付くと――牢屋にあの時の男が現れていた。どこからどう見ても弱そうな人間のオス。


 悲しそうな、申し訳なさそうな――そんなどこか張りつめていた彼女の表情が人間のオスの登場で柔らかく緩む。

 それが、答えだった。





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