【完結】番が見ているのでさようなら

堀 和三盆

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35 発情する番(ふわふわ耳視点)

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(恐らくはこの方が自分の番――なのね)

 あまり獣人としての血が濃くない自分でも判る。ニオイもするし、興味もひかれる。

 でも――やはりというか、それだけ、だった。

 ある意味前世から予想していた通りだとも言えるが、悠長にそんなことを考えている余裕はなさそうだ。

 私の番と言うことは、相手にとっても私は番。そして、ずっと走って追いかけてきたから、というだけでなく興奮からも男の息が上がっているのが判る。顔も赤いようだ。

 細い路地へ押し戻されるように詰め寄られて、恐怖から後退る。そのことでますます人目の付かない、身動きも碌にとれない路地へと追い詰められる。

 上から下までなめるように観察されてブルリと震えてしまった。逃げたいのに、足が縫い留められてしまったかのように動けない。

 キレイだけれど、女性とは違う。それにモテるだけあって体も鍛えているのだろう。遠目からはかなりほっそりと見えていたそのシルエットも、こうしてすぐ近くで見るとそれなりに筋肉が付いていることが分かる。

 一方の私は本ばかり読んで、日頃から体を動かすのは孤児院でのボランティアかダンスレッスンくらい。そんな私が番を前にしたこの男性から逃げ切れると思えない。
 それでも逃げないと、下手をすると既成事実を作られたうえでのなし崩し的な婚姻なんてことになりかねない。

 それどころか、身分差を悟られたらこのまま攫われる可能性だってある。
 そうなってしまったら、もう二度と――。


「会いたかった。やっと見つけた。俺…、の……」


 もう二度と……と会うことが出来ない。


 ……え……………?


 相手に声をかけられた途端。思考が一瞬停止してしまった。そのせいで、ただでさえ鈍い反応が遅れて手を伸ばしてきた番に触れられてしまった。

 さわさわさわ……さわさわさわ……

 まるで陶器の触り心地でも確かめるように。繰り返し頬に触れてくる番。


「すげぇ……すべすべだ……」


 熱い息と共に番がつぶやいた。

 一見すると遠慮がちだが、その間も徐々に距離を詰められて――番の匂いがきつくなる。それでようやく我に返った。


 ああ、あの人とは全然違う。


 まるで痛み止めが効いていくように。嫌悪感を誤魔化されていたけれど安心感がまったく違うのだ。




 まるでこっちに興味が無くて。いつも仕事のことばかリ考えていて。
 ――私の好意には一切気が付いてくれなくて。

 でも、それでも。



 そんな……先生、だったからこそ。私はもう一度会いたいと思ったのだ。


 追い詰められていた私に救いの手を差し伸べてくれたから。苦しいだけの人生に希望を与えてくれたから。
 ――そんな先生に二度と会うことが出来ないのは耐えられないと思ったから。

 だから、私はあのときに――



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