【完結】番が見ているのでさようなら

堀 和三盆

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18 繋がる世界(リュシー視点)

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 最初は訳が分からなかった。

 私にとっての彼女はその優しい声と、手と、安心する香り。それに、温かな体温で出来ている。

 その、ほとんどが失われた目の前の亡骸は本当に彼女なのだろうか?


 認めたくない思いが邪魔をするけれど、猫獣人の持つ嗅覚は哀しい香りが混じりだした安心する香りをしっかりと嗅ぎ取って、私を彼女の元へと連れて行く。

 誘われるように手を取ると、体温の失われた抜け殻のようなソレはやはり彼女を示す手触りで。
 同じように引き継いだばかりの視界に入った彼女の耳を触って、ようやく世界が繋がった。

 コレだけは絶対に間違える筈がない。
 私とは違う、世界で一番大好きな、ふわふわの耳。

 その変わらぬ手触りに、私は現実を受け入れざるを得なかった。



 彼女は発作を起こしたらしい。私を図書室へと向かわせてからすぐのことだったようだ。
 私が付いていれば……と、悔やまずにはいられない。唇を噛んでいると、彼女の次に聞き慣れた声がした。


「君たちは仲が良かったから、色々と考えてしまうだろうが……まあ、あまり気にしすぎないことだ。残念ながら、猫獣人にはこういった習性を持つ者がいるらしい。最期を悟ると一人になろうとするそうだ。彼女の場合、自分が動けないから、同室のリュシーの方を動かしたのだね。…なるほど、猫獣人はこういう場合にはこういう行動を取るのか。フム……なかなか興味深いな……」

 冷静にそう説明をしてくれる魔法医の先生は周囲の状況などお構いなしに、何やら熱心にメモを取っている。


 カリカリカリカリ…
 カリカリカリカリ…


 それを耳で聞き、彼女の目でそれを見て。

 ああ、この音はコレだったのか、と思い至る。この病院へと入院してから、何度も聞いてきた音だ。
 そして私の大好きな彼女は先生のこの行動が素敵なのだと言っていた。

 初恋の相手。大好きな先生……そう彼女が先生の話をする度に、僅かに彼女の体温が上がっていた。そして。
「まだ見ぬ番が、先生のような人だといいのに……」とまで言っていた。

 彼女はこの魔法医の先生に憧れていたのだ。

 私からすれば。貴族出身の先生は育ちが良くて頭も良いのかもしれないが、研究のことしか考えていない変わり者で、女性を幸せにするタイプとは思えない。とてもじゃないが、私の大事な親友を任せることはできない。


 読書の時も彼女はそうだった。二人で本の感想を言い合っていても、本の登場人物の中から彼女が魅かれて選ぶのは、どこかが著しく優れてはいるものの、恋愛面では欠点を抱えた男性ばかり。
 そのおかげで彼女と私は好きな異性が被ることはなかったが、その分、彼女の将来が心配だった。

 全てにおいて完璧な彼女の唯一の懸念材料。いわゆる、男性の趣味が悪いのだ。


「――さてと。しっかりと目も見えているようだし、移植は成功したみたいだね。早速データをとらないと。これから忙しくなるぞ。検査の準備をしてくるから、今のうちに彼女との別れを済ませなさい。もうすぐご家族が彼女を迎えに来るから早めに頼むよ。ああ、終わったら看護師に声をかけるように」


 メモを取り終わった魔法医の先生は、既に検査のことで頭がいっぱいらしく、コチラを振り返ることなく、足早に病室を出て行った。



「…先生、行っちゃったね。少しくらい、貴女に話しかけてくれてもいいのに……」

 勿論返事は返ってこない。
 静かになった病室でそっと彼女の手を取った。

 少しふくよかで触り心地が良くて、私はこの手が大好きだった。この手で耳を撫でられるのが好きだった。

 初めて見る彼女。彼女のふわふわの耳も、彼女も、一目で大好きになった。

 手触りと目にしたものが混ざり合って、今までとこれからの二つの世界が繋がっていく。


 人の美醜などは分からない。分からないが――。

 状態保存魔法をかけられて。
 窓辺のベッドに寝かされた彼女はこの上なく美しかった。




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