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16 番の本(リュシー視点)
しおりを挟むあの日。
彼女は本を借りてきてほしいと私に言った。彼女が、私に初めて読んでくれた――あの『番の本』。あの本は私のお気に入りで、ほとんど暗記していると言っていいくらいに覚えているけれど――彼女の声で読んでもらうソレは別格で。時折、読んで欲しいと頼んだりもしていた。
そのため私一人でも借りられるように、あの本には鈴が付いている。彼女がわざわざ魔法医の先生に許可をとって付けてくれたのだ。大体の場所は覚えているし、触ると音が鳴って見つけられる。今日みたいなことは今までにも何度かあって、その度に私は本を見つけ出すことができた。――それなのに。
何故か、この日はなかなかソレを見つけることができなかった。
返却したはずの場所に本がない。周囲を手探りで調べたけれど見つからない。この病棟で図書室を利用する入院患者は私と彼女だけだから、貸し出し中とも思えない。
あの本は私のお気に入りだけれど、彼女のお気に入りでもあるのだ。あの本を読むと元気が出るのは私も彼女も同じ。
最近、少し元気のなかった彼女。その彼女から頼まれたのだ。元気づけるためにもどうしてもあきらめたくなかった。彼女の期待に応えたかった
結局、本があったのは間違えることなどあり得ない別の書棚の端っこで、借りるのにかなり時間がかかってしまった。
図書室と病室は別の階。
同じ病院内とはいえ少し離れているし、階段もあるので危険が無いとは言えない。
私の心臓は彼女の心臓だ。いつものように心臓を傷つける事故にだけは十分気を付けながら、彼女の為に借りた本を持って病室へと急いだ。
――なのに。
病室へと近づくたびに、あの日の音が甦る。
バタバタバタ……バタバタバタ……
ドタドタドタ……ドタドタドタ……
…ドク、ドク、ドク、ドク……
自分の中にある彼女の為の心臓が嫌な音を立てている。一生懸命嫌な想像と心臓の雑音を抑えて自慢の耳を澄ますけれど、肝心の音だけが聞こえない。
やがて。病室へと近づくたびに聞こえていた音は、聞き覚えのないすすり泣きや、誰かの鼻をすする音。それぞれが淡々と日々の業務へ戻る音へと変わり――。
「――残念だけど。私が彼女に対してできることはここまで、だな。契約通り次の行動へと移らせてもらうよ。彼女の願いを無視するわけにはいかないからね。リュシーもそれは理解しているね? よし、いい子だ」
――彼女の音が、聞こえない。
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