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中編

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「アイビーちゃあああああああああん♡」
「どこ!? どこにいる!? ああ、真実の愛を見つけたというのにいいいい♡」
「探せ! あの麗しい肌を見ていいのは私だけだああ♡」

 夕暮れだというのにあちらこちらから声がする。

 身を隠した体育倉庫の中で。震える彼女に僕は自らのジャージを羽織らせた。加えて水着の上からバスタオルで下半身をくるんでやるが、流石にこの時間ではそれでも寒そうだ。

 しかし、震えるのは寒さのせいばかりではないだろう。



 目の色を変えて彼女を捜す令息たち。水泳の授業。それを悪い意味で心待ちにしている男子生徒がいるのもまた事実だった。

 露出の少ない今世。夜会でのダンスや、見合い用の絵姿では見ることのできないドレスの下。それを確認できる数少ない機会に期待をかける令息は少なくない。

 そんな彼らの注目を浴びてしまったのが――彼女だった。


「すまない。まさか、魅了の効果がここまでとは。君は希少スキルを隠さず申告してくれていたのに……」

「いえ、先生は悪くありませんわ。私の説明が不足していたのです……」


 なんでも。彼女の魅了は肌の露出が増えれば増えるほど、その効果が増してしまうのだそうだ。そのせいで、こっそりと水泳の授業を窺っていた令息の多くが、彼女の魅了にやられてしまった。


 教師である僕のミスだ。

 なまじ高位貴族であり、自分が強い魅了耐性を持っていたせいで気が付くのが遅れてしまった。逆に良縁を求める令息たちの行動は早かった。魅了の影響を受けた生徒たちは授業を抜け出し、彼女を追いまわした。

 今頃、彼女の家には釣書の山が届けられていることだろう。

 魅了にかけられたのはフリーの生徒だけではない。婚約者持ちの令息までも魅了してしまったことからお相手の令嬢達からの風当たりの強さも予想される。
 今後の彼女の学園生活に多大な悪影響を与えてしまった。

 ……全ては授業への欠席を認めなかった僕のせいだ。


「先生。気にしないでください。魅了は私の持病のようなモノです。多少被害は大きかったですが、いつかはこうなる運命だったのだと思います。それに……」


 眉を下げて。情けない表情を浮かべていた彼女が、ほんの少しだけ、照れ臭そうに。


「露出しないように気を付けてはいたけれど、授業中に先生の話を聞いていて、ちょっとだけ……水着を着て思いっきり泳ぐのは楽しそうだなって思っていたから」


 そう笑った彼女の顔に鼓動が跳ねた。肌も、露出も、魅了耐性のある僕には関係ない。加えて僕は教師だ。そんな目で生徒を見たことは一度もない――のに。

 大騒ぎになるまでのごく短い間ではあったが。プールで、楽しそうにはしゃぐ彼女を見たからだろうか。授業中の彼女の笑顔がその表情に重なった。


「しかし……これからどうする? このまま家に帰したのでは君の安全が守れない」


 彼女は立場の弱い新興の男爵家の令嬢だ。同じ男爵家からの縁談すら断るのが難しいだろう。暴走して強引な行動に出る者もいるかもしれない。帰宅したからと言って安全とは言えない。

 むしろ、学園という不自由ながらも安全な檻と、教師の目が無くなる分、危険が増すと言ってもいいだろう。


「求婚してくださった方の中から、一番高い身分の方を選んで……守ってもらうしかありませんね。出来れば魅了の力など用いずに、身分も爵位も関係なしに、心底私を思ってくれる方と縁を結びたかったのですが。こうなった以上は仕方がありません。婚姻という形で分かりやすく高位貴族の庇護下に入る。それが誰も傷つけずに丸く収まる、一番手っ取り早い解決法だと思います」


 魅了スキルはやっかいだ。一度かかるといつ解けるのか分からない。特に今回は肌の露出のせいで強力なスキルが発動したらしいから、長期の被害が予想される。



 身分も、爵位も関係なしに。魅了の影響なく自分を思ってくれる相手との縁を望む彼女。


 彼女はその願いを諦めようとしているが……。


 僕のせいで。僕が無理強いをしてしまったせいで奪ってしまったそのささやかな願いを、一つだけ叶える方法があることに気が付いた。

 僕が――僕だからこそできること。




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