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13 妻との別れ(公爵視点)
しおりを挟むあのボヤ騒ぎはフェデルタに危害を加え屋敷を追い出されたメイドが私と彼女を逆恨みして起こしたものだった。
あの件で騎士団に付き出されたメイドは鞭打ちの刑を受けた後、実家の子爵家から縁を切られて娼婦同然の暮らしをしていたらしい。酔っぱらってメイドを買った客に私や彼女を中傷するような恨み言を話していたそうだ。
そして、メイド時代の知識を悪用して警備の交代時間を狙って裏口から侵入し、空き部屋に潜んで火をつけた。
騎士団へと突き出し裁いた気になって、その後の足取りを追っていなかった私の責任だ。あのメイドの陰湿さを知っていたのだから、こういう行動に出ることも十分予測できた筈なのに。その後のフェデルタとの幸せな生活の中ですっかりあのメイドの存在が頭から消えていた。
問題はそれだけではない。
私はまたしても彼女を危険にさらしてしまった。
ボヤに気が付いて彼女を安全な場所へと避難させる途中、不甲斐ないことに呪いのせいで魔力が大きく揺らいでしまい、身体に力が入らず転んで大事なフェデルタを固い地面へと落としてしまった。
――ショックだった。私はまたしても彼女を守れなかったのだ。
そして怖くなった。
幸せな生活の裏で呪いはじわじわと、そして確実に私の身体を蝕んでいる。既に調子が悪い時は自分の身体さえ支えきれず、愛する彼女を抱くことすら出来ない。
このままでは思うように動けなくなる日も近いだろう。
勿論そうなった時にあと腐れのないよう、生きている女性ではなく『人形』であるフェデルタを妻に迎えたことは分かっている。
けれど。
次に同じようなことがあった時、今度こそ私は愛しい彼女を守れないかもしれない……。
私はどうして『人形』相手ならば心を痛めることがないなどと安易な考えを持ったのだろう? 生きている人間だろうが動けぬ人形であろうが、私亡き後に愛する妻が一人残されてしまうのは同じことなのに。
いいや、考えてみれば動けぬフェデルタを無責任に一人置いて逝く方が尚更悪いかもしれない。彼女は自分で助けを求めることすら出来ないのだから。
屋敷と共に取り壊されるか。
新たな住人に捨てられるか。
はたまた小銭目当てにどこかに売り払われるか……。
起こりえるかもしれない最悪の事態を想像して妻の身を案じ、私は初めて彼女を妻に選んだことを後悔した。
そして――
愛しているからこそ、自分が生きて動けるうちに彼女の今後の幸せを考えなくては――――そう思った。
私は個人資産の大半を処分して、それと共にフェデルタを購入した店の店主へと託した。
あれだけフェデルタのことを気にかけていた店主なら、彼女を妙な人物には売らないだろう。
なにせ秘されている公爵家の内情を説明し現当主である私が置かれている状況を全て話して、それでも店主は首を縦に振ってくれず、彼女を必ず幸せにするという条件でようやく譲ってくれたくらいだから。
残念ながら彼の信頼を裏切ることになってしまったけれど、私ではもうあの約束を守ることはできないのだから仕方がない。こうなった以上、誰か他の人間に託すしかないのだ。
店主の御眼鏡に叶い、次に彼女の購入者になるのはどんな人物なのだろう。
小さな貴族の女の子か。
裕福な商人の娘さんか。
それとも私と同じような――――。
考えると胸をかきむしりたくなるような衝動に駆られるがこれでいい。これは寂しさに耐え切れずに愛しい者を求めて縋ってしまった私が、当然受け入れるべき痛みなのだから。
胸に去来する痛みが強ければ強いほど幸せだった日々が思い起こされてくるが、そのお陰で再び陰りを見せ始めた生活に少しだけ救いの光が差し込んでくる。
朝起きて。領民の為だけに淡々と仕事をこなす日々。
食欲は無くなり栄養を摂るために最低限の食事をつまむだけに戻ったが、それでこの生活から解放されるのなら悪くない。愛しい妻の感触と記憶が鮮明に残っているうちに思い出と共に逝けるなら――。
そう、思っていたのに。
「お久しぶりです。初めまして、公爵様」
これは、一体どういうことなのか。
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