上 下
8 / 27
番外編

7 影の決断

しおりを挟む

「でも、あのフキョーノ公爵家が表に出てきたとなるとあまり悠長なことも言っていられないわね」

 モモリー様はふっと表情を曇らせる。

 フキョーノ公爵家は古くから王家と縁戚を結び存続してきた家だ。歴史も古く、王家からの信頼も厚い。しかしその分、戦争などで王家の財政が傾くと、道連れ的に困窮してしまう。
 フキョーノ家の令嬢が王太子妃候補として真っ先に名前が上がりながら、一番に除外されてしまったのもそのせいだ。
 一方のアイドール家は王弟の継承権放棄に伴ってできたばかりの新興の公爵家。王弟は自由人でフットワークが軽く、キャラクタービジネスとやらで大成功し、今や国内外問わず多くの支店を持つ大商会の経営者でもある。そんな経済力に目を付け、戦争で困窮していた王家は王太子の婚約者に娘のモモリー様を選んだのだ。
 長きにわたるアイドール公爵家からの援助で王家の財政もだいぶ持ち直した。

「フキョーノ公爵家の縁戚の伯爵家あたりにレイワー嬢を養子として受け入れて、身分差を解消。レイワー嬢は側妃、もしくは愛妾に。その見返りとしてフキョーノ公爵令嬢は正妃の立場を――といったところかしら。私も考えた道だけど、私はレイワー嬢には嫌われているし、こうなった以上は難しいわね。もう、選べる選択肢は少ないわ。いずれにしても時間がないのだから急いで準備を進めましょう」

 そう言うと、モモリー様は手紙を書き始めた。

 ここ最近――というか、王太子と男爵令嬢の噂が出てからずっと、モモリー様はとある修道院を支援してきた。
 破産寸前の修道院を立て直すため、イベントやチャリティーなどへの企画の立案、財政面での支援、プロデュース等、積極的に関わってきた。

 表向きは社会貢献。実際は婚約を破棄された場合の逃げ場所づくり、といったところか。

 現実問題、王族から婚約を破棄されてしまえばその後の選択肢はほぼない。それこそ修道院か、ほとぼりが冷めるのを待って当たり障りのないところへ嫁入りか――最悪の場合は幽閉か、暗殺か。
 幸い、モモリー様は父である公爵の機転でまだ王家の機密は教育されていない。最悪の選択肢は避けられる。それを見越しての快適な修道院生活を目指しているのだろう。

 そう考えて――俺は少し複雑な気分になった。

 十年以上。俺はモモリー様を影から守ってきた。24時間、トイレも風呂も、常にそばにいた。きっかけは弱みを握られてしまったせいではあったが――見えない俺に対し、モモリー様は楽し気に話しかけ、歌やダンスを見せ、毎日癒してくれた。温かい食事のおいしさや、風呂の温かさも教えてくれた。
 おそらく、数いる王家の影の中でも、ここまで厚遇されている影は俺くらいだろう。

 いつまでもこの生活が続くとは思っていなかった。実際に王太子と結婚すれば、本来の、ごく普通の影としての生活が待っているのだろうと思っていた。

 24時間働いて――
 存在を気にされることもなく――
 感情を無くして警護対象を守るだけの日々。

 それでも。警護対象である限り記憶が消されることはない。これまでの思い出があればどんな環境でもやっていける。


 そんな風に思っていたのに。


 俺がモモリー様の影として護衛していられるのは彼女が王太子の婚約者だからだ。婚約が解消されれば今までの記憶全てが封印される。そしてまた、王族の誰かを影から守るのだ。

 嫌だ、と思った。忘れたくない。例え認識されることがなくても俺は……俺が、モモリー様を守りたい。

 男爵令嬢の存在に口出ししないことから見て、王家は多分、決めかねている。身分差さえ解消できれば、王太子の望みを叶えてやりたい気持ちも持っているのだろう。ただ、経済的に持ち直してきたとはいえ、やはりアイドール公爵家の資産は魅力的だ。モモリー様はもう、進むべき道を決めてしまったようだが――まだ、王家は彼女の行動の真意に気が付いていない。頻繁に行く視察に、惜しみない援助。未来の王太子妃として熱心に奉仕活動を行っている――くらいにしか思っていないはず。

 まだ間に合う。今俺が詳細を報告すれば、王家がモモリー様の逃げ道をふさぎ本来進むべき道へ戻してくれるかもしれない……!




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】思い込みの激しい方ですね

仲村 嘉高
恋愛
私の婚約者は、なぜか私を「貧乏人」と言います。 私は子爵家で、彼は伯爵家なので、爵位は彼の家の方が上ですが、商売だけに限れば、彼の家はうちの子会社的取引相手です。 家の方針で清廉な生活を心掛けているからでしょうか? タウンハウスが小さいからでしょうか? うちの領地のカントリーハウスを、彼は見た事ありません。 それどころか、「田舎なんて行ってもつまらない」と領地に来た事もありません。 この方、大丈夫なのでしょうか? ※HOT最高4位!ありがとうございます!

【完結済み】王子への断罪 〜ヒロインよりも酷いんだけど!〜

BBやっこ
恋愛
悪役令嬢もので王子の立ち位置ってワンパターンだよなあ。ひねりを加えられないかな?とショートショートで書こうとしたら、短編に。他の人物目線でも投稿できたらいいかな。ハッピーエンド希望。 断罪の舞台に立った令嬢、王子とともにいる女。そんなよくありそうで、変な方向に行く話。 ※ 【完結済み】

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

あなたを忘れる魔法があれば

七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

処理中です...