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17 経験者は語る
しおりを挟む「そ、その……、距離としては充分なんだ。いや、もう少し離れていた方が良いのは解っていたんだけど、この国に来て――君と仲良くなったからさ。隣国への移動はもう少し後でも、何なら卒業した後でもいいかな~、と思えるくらいには落ち着いていたんだよ。これ以上は必死に離れるほどでもないというか、若干の胸の痛みを感じる位で。俺がそうだということは『向こう』もそうだからそこまで必要な事でもないんだ。だから、これは番の為でもあるんだけど、どちらかというと自分の為というか、自分の未来を考えてというか――君にも考えて欲しいというか」
日頃。解りやすく落ち着いた話し方をする彼が早口でまくし立てるように話す姿に驚く。
「ジュ…ジュジュマンさん!」
「は、はいっ」
名を呼ばれ、反射的にピシッと背筋が伸びる。
そして彼の赤い顔を――赤い顔?
「番と出会ってから番のことばかり考えていた俺が、君と仲良くなったことで初めて自分の為に行動できたんだ。逃げるのを止めて、君の傍に居たかった。あわよくば――なんて考えたりもしたけれど、君の恋人が番と判って諦めようと思った。でも、別れたなら可能性にかけてみたくなったんだ。俺は、番と離れたことで本能とは違う部分で君に惹かれた。もう一回自分の将来を考えられるようになった。だから、君も辛い過去にとらわれない新しい場所で未来を考えてみるのもいいと思うんだ。なんだかんだ言ったって、周囲の目と雑音を完全に無視することは出来ないし、その痛みは俺にも覚えがある。親元から離れて一人新しい場所でやり直すのは勇気がいると思うけど、たまたま――そう、たまたま俺も番の件で隣国に行こうと思っていたから君の助けになれるし。それで――その、もし可能なら新しい君の未来に俺が関われたら嬉しいな、と。いや、それはもちろん君次第ではあるんだけどさ」
「パー…ティング……君…」
ほろり。ほろり。気付けば私の目から涙があふれていた。
アンスタンとの事は乗り越えられた。悲しみよりも、彼への失望の方が大きかったから。
でも――どんなに強がりを言ったって、周囲の蔑むような目や同情する目からは逃れられないし、それは知らず知らずのうちに自分を追い詰め傷つけていた。だからこそ――同じ痛みを知るパーティング君の傍に居ることで、彼が持つ強さを分けて貰おうとしていたのだ。
失望から番を見捨てた私とは違い、番の幸せを守るために自ら国を離れたパーティング君。そのことで傷つきながらも、他者を助ける心の強さを持った彼の姿に惹かれていたから――。
彼は私の小さな強がりに気付いていた。
隣国なら自由になれると助言して、将来的な逃げ道を用意した上で私への協力を申し出てくれた。
獣人にとって何より大切なはずの番の話を持ち出してまで。
彼は――なんて強くて、優しい男性なのだろう。
「あ、ご、ごめん。ええと、君を泣かせるつもり――わぁあああ!??」
気が付けば、私はパーティング君の胸の中に飛びこんでいた。ふわりとあの時の馬車と同じいい匂いがする。
パーティング君は少し戸惑いながらも、優しく私の背中を撫でてくれた。一応は獣人の血を引く私はこの撫でられる刺激に弱い。心地よさに自然と目を閉じてしまう。
ブンブンと何かを振り回すような音が聞こえて不思議に思い目を開けると、視界の隅に左右に揺れる立派なしっぽがあった。
自分にはない、憧れのそれが私の心を安心させてくれる。
(……私にもしっぽがあれば、彼に伝えられるのにな)
そうは思うが、残念ながら私はほぼ人間。耳やしっぽを持たぬ私は、思っていることを自分の言葉で伝えるしかない。
だから、勇気を出して口を開いて言葉にすれば。
「……行く。私もパーティング君と一緒に隣国へ行きたい」
視界の隅でブンブンと。更に激しく揺れるしっぽが答えてくれた。
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