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10 彼の出した答え
しおりを挟む「……結婚、していたんだ」
「え?」
突然。
馬車の中にパーティング君の声が響く。
彼の発する穏やかな声に、私は自分が一人ではないことを思い出した。そのことでたった一人底なし沼に沈みこんでいく感覚から、急に現実へと引き戻される。
パーティング君を見ると、窓から外を――――景色ではないどこか遠くを眺めながら、ぽつりぽつりと話している。
「俺の番――俺が出会った時には既に結婚して子供がいたんだ。休日の街で……旦那さんと子供と、家族で手を繋ぎながら幸せそうに笑っていて……。彼女のその輝くような笑顔を見て俺は一瞬で恋に落ちたのに――俺と目が合った瞬間、彼女はこの世の終わりのような顔をした。まるで死刑執行人に出会ったかのような……泣きそうな、苦しそうな……戸惑うような――戸惑ってしまった自分を恥じるような。それを見ただけで彼女の葛藤が手に取るように分かった。俺は番をそれ以上苦しめたくなかった。だから――俺はすぐに母国を離れたんだ。番との距離をとるようにあちこちの国を点々として、最終的にこの国へとたどり着いた。彼女が本能に囚われる前に動きたかったんだ。俺の番が無意識に選んでいた、彼女の守りたい幸せを壊さないために」
狼獣人特有の少しきつく見える目を、眩しそうに細めて話すパーティング君。見ている先は過去だろうか。それとも、母国で暮らしている恋しい存在だろうか。
薄暗くなり始めた窓の外を、彼は真夏の日差しに向けるようなまなざしで見続けている。
「相手に自分の思いを伝えたりは……しなかったの?」
「しなくても……分かるよ。――だって」
パーティング君が窓の外から無理矢理視線を引きはがし、私の方を見る。
「……大好きな旦那さんと、子供が二人。そして――新しく生まれてくる大切な命。彼女には大切な存在が四人もいるんだ。たった一人のぽっと出の運命の番と比べたら、どちらが勝つかなんて、考えるまでもないじゃないか」
彼の形の良い口が歪められ、その自嘲するような笑みに胸が苦しくなってくる。
大好きな恋人――。
愛しい番。
アンスタンが『そう』だと判った時の胸の高鳴りは今も忘れられない。あの幸福をパーティング君も出会ったばかりの番相手に感じたのだ。そして――感じてすぐに、相手の幸せを考えて自ら身を引いた。
それには、いったいどれほどの苦しみを伴ったのだろう?
「……ごめんなさい。無神経なことを聞いてしまって」
「いや、君の疑問は当然だし、これは俺が話したかったんだ」
サラリ……かきあげた前髪の隙間から、伏し目がちの灰色の目が覗く。穏やかな、温かい目。
「でも、何で――私にその話をしてくれたの?」
「……何で、かな。何となく……君になら解ってもらえそうな気がしたんだ」
それきり……パーティング君は口を閉ざした。
私も何も喋らない。
いつの間にか心の迷いと共に涙も消え去って、馬車の中から私のすすり泣く声はなくなっていた。
感じとれるのは穏やかで心地のよい静寂。
学園の図書室と同じくあって当然の自然で居心地のいいそれは、馬車が私の家に着くまでずっと続いていた。
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