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5 町での暮らし
しおりを挟む町で行われる祭りにキャンディッドと出かけた際に、一緒に祭り見物をしていた筈の勇者がいつの間にか他の女の子と過ごしていたとかいう話を聞かされた。
『村』だけじゃなく『町』にも勇者との思い出があるのかと吾輩はうんざりした。
吾輩を倒した勇者はとんでもない奴らしく、勇者との思い出のある所には必ずそれ以上の愚痴が眠っているのだ。
キャンディッドは毎年行われている町の祭りには勇者と参加をしていたようで、祭りの愚痴が止まらない。いや、もう、そこまで酷いのなら、たとえ勇者に誘われてもお前も途中で断れよ……と思ったが、キャンディッドに泣かれると面倒なので聞きに徹する。
――が、いい加減キャンディッドの口から『勇者』の名前が出ると吾輩がイライラする。
なので、愚痴を言う暇がないくらいキャンディッドをあちこち連れまわし、露店めぐりとやらを共に楽しんだ。いつもは愚痴を言っているキャンディッドの口から、あれがキレイ、これが素敵、と次々と言葉が飛び出して落ち着きがない。
少し黙れと髪飾りを買ってやったら大喜びをして、それ以来祭りの愚痴を言わなくなったのでよしとする。
町で暮らすうち、吾輩はキャンディッドが指名手配をされていることを知った。
どうやら勇者はキャンディッドを殺すことを諦めていないらしく、他国にまで手配は及んでいるようだ。村から追い出され、町からも追い出され、国にもいられなくなって、魔の森に逃げ込んできたキャンディッド。
キャンディッドにかけられた罪状はひどい物だった。王族への暗殺未遂にストーカー行為に脅迫に窃盗に詐欺に無差別殺人……って、いやもう、どこの凶悪犯だと突っ込みたくなるくらいの内容だ。このお人よしの能天気女に出来るはずがないだろう。それくらい少しこの女と接すれば判る。
それでも魔王を倒した勇者の言葉を信じない者などいなかったのだろう。
勇者の神格化を進めるためにあることないこと言われて。悪女に仕立て上げられて。愚痴を吐ける相手もいない。
――そんな彼女が生きるために逃げ込んだのが人の入らぬ魔の森で。キャンディッドが愚痴を言える相手はこの広い世界で魔王たる吾輩しかいなかったのだ。
吾輩と町で暮らすうちに、キャンディッドは勇者の愚痴を言わなくなった。彼女の口から出てくるのはお野菜が高いとか税金が上がったとか、そんなことばかり。
長年勇者の愚痴を聞き続けてきたせいだろうか。驚いたことに、吾輩はキャンディッドのそんな愚痴を聞くのがあまり嫌ではない。彼女の口から出てくる新鮮な愚痴は日常に溶け込んで、日々の暮らしを現実のモノにしてくれる。
魔の森で長年暮らしていた吾輩にとって、人間の中での暮らしは異質なものだった。けれど、日々心と身体が成長する中で馴染んだキャンディッドの愚痴は、吾輩が生きるのに必須なものとなっていたから……。
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