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259 悩み多き王子様と召喚主

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 ……考えてみれば。

 王子は出会ったころからゲームばかり。ストイックなまでに遊ぶことに拘る王子様は一見不真面目に見えるけど、その本質は驚くほどに真っすぐだ。


 男爵令嬢に魅了されて婚約者に婚約破棄を突き付けて。

 婚約者や周囲に迷惑をかけたことを本気で反省して、塔への幽閉処分を受け入れて。魅了魔法の治療法を解明するための調査に協力しながら、塔で一人過去を反省し続けた。

 その結果。

 もっと日頃から遊んでおけば魅了されなかったはずだと、塔に幽閉されたまま楽しく遊ぶためにそうだ異世界行こう――ってなったおかしな思考回路はやっぱり謎だけど、王子が過去をもの凄く後悔しているのはよく分かる。

 異世界に住んでいる私はこの件に関しては思いっきり部外者だ。顔どころか王子の婚約者さんのことは何も知らないし、亡くなっていたことも今日知った。

 王子の世界とは全くの無関係。


 ――でも――――。
 だからこそ、その分冷静でいられるし分かることもある。



「それって、普通のことじゃない?」

「え?」


 私の言葉を聞いて王子が不思議そうに聞き返す。


「昔の思い出なんてドンドン上書きされて消えちゃうものだし、幼稚園の頃仲良かったはずの幼馴染のことなんて、顔どころか名前まで忘れちゃうことだってあるし」

「え!?」


 ……いや、まあ私だけかもしれないけど。母親とお出掛けをしているときに、道端で偶然、母親の昔のママ友(らしき人)に再会して、

『ルカ、○○君のお母さんよ。ホラ、あなたが幼稚園で仲の良かった……』

 ――とか言われても私はその子の名前すら覚えていなかった。
 その時はその人に挨拶だけしてニコニコと作り笑顔で誤魔化した。

 一人で遊ぶ方が好きだとか、ゲームで相手が要るときはお兄ちゃんと遊べばいいやとか。

 そういうお家に居るのが大好き☆ な引きこもりボッチ体質の影響もあるかもしれないけれど、その懐いている筈のお兄ちゃん達の小さい頃の写真を見て、

『古っ、え。何この髪型。あれー? お兄ちゃんてこんな顔してたっけ?? もうちょい、格好良かったような……???』

 ……ってなったりもするから、人の記憶なんてそんなものなのだと思う。印象でいい感じに補正されちゃうと言うか……実の家族の、しかも産まれた時から写真があるこの世界ですらそうなのだから、無ければなおの事そうだろう。


 私にだって友達や家族相手に怒られたり怒ったり、やらかした思い出だってあるけれど、時間が経ってみれば何であんなことであんなに悩んで――ってなったりもするし、責任ある立場でやらかしちゃったとはいえ、同じ事をうじうじ悩み続けるだけ王子は真面目だと思う。

 私にとっては割と最近の記憶と言える高校の友達だって付き合いの浅かった子はどんどん顔とか名前とか忘れていくし、しっかりと住所や電話番号まで覚えているのなんて、一緒に乙女ゲームをやっていた同じ趣味の友達か、今もサークルで付き合いのある先輩ぐらいだ。

 その前となるとあまりに昔の記憶が薄すぎて、成人式行く前にどうにかしなきゃ、と予習というか復習がてら実家で卒業アルバムを見返したりもした。
 これで少しはマシになった――と思いたい。


 王子は私の話を聞きながら驚いたり軽く引いたり……はやめて、傷付くから。でも、しゃーない。少なくとも、私の記憶力なんてそんなものだ。


「それでも、小学校の修学旅行は楽しかったな~とか、先生に怒られて夜中にみんなで笑ったとか、大雑把には覚えているからそのくらいで充分じゃない? 少なくともそれで話題作りのきっかけくらいにはなるし。――で、婚約者さんは最後まで王子の事怒っていたの? 最後にジロリと睨まれたりした?」

「いや――。その、余計な苦労をさせてしまったせいかひどく痩せてしまってはいたが――笑ってくれた。僕のせいで傷つけてしまったのに、わざわざ僕が幽閉されている塔まで会いに来て、僕に優しい言葉をかけて微笑んでくれた。そしてそれからすぐに――彼女は死んだんだ。なのに、僕は最後のその笑顔すら覚えていられなくて。だから――だから記憶魔法を…」

「うん。まー、それであの迷わ……記憶魔法? とかできるようになったんならいいじゃない。今、楽しく使えているんだから無駄にはなっていないわよ。それに、どんなに精巧な写真を撮ったところで王子が相手を忘れちゃったら意味ないんだし、『最後に婚約者さんが微笑んでくれた』のを覚えているならそれでいいじゃない。だいたい、婚約者さんだって王子のこと恨んだり嫌っていたら、最後の最後にそんな大サービスしないわよ。人生最後の貴重な時間、私だったらお気に入りのゲームでもして心安らかに過ごしたいもの。それなのに婚約者さん、よっぽど王子のことがほっとけないか気がかりだったのね」

「………………」


 私の言ったことに納得したのかしないのか。
 無言で何やら考え込んでいた王子は、アパートに戻ると何やら思い悩んだ様子で、以前やり込んでいた乙女ゲームをプレイし直していた。

 そんな王子の様子が少し気がかりではあったが――とりあえずゲームに夢中になっている隙にコーヒーはノンカフェインタイプのドリップコーヒーへとすり替えた。

 …………。


 グビグビ☆ ごくごく☆


 ……特に何の反応もないところを見ると、この王子様は意外と味の違いが分かっていないのかもしれない。コレなら時間帯によってこまめにすり替えちゃっても問題なさそうだ。よし、今回の王子のコーヒー飲みすぎ対策についてはそれで行こう!

 最近のノンカフェインコーヒーは味がいいからな。
 そうだ、いっそのことそっちに統一しちゃうのもアリかも。
 そうすればいちいちカフェイン量を気にしないで済むし……でも、そうなると少々お値段が気になって……まあ、そこは私がバイトを頑張ればいいか、うん。

 今は、うるさく注意するよりも、何やら思い詰めている様子の王子をサポートする方が大事だもの。
 はやく元気を取り戻せるように、王子にはなるべく心穏やかに過ごしてもらいたい。



 そして、それから数日後。



「うん。やっぱり逆ハーシナリオは全クリした後のオマケ感覚でプレイするのが僕には一番しっくりとくるな!」


 ――と、王子はノンカフェインコーヒー片手に、満足したようにスッキリとした笑顔を浮かべていた。


 ……いや、ここ数日いったい何を真剣に悩んでいるのかと思ったら。私の心配を返してよね! もう。





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