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199 静寂を打ち破る者
しおりを挟むコレ絶対聞いちゃ駄目なやつ――。
そう気づいた時、ソレを使うことに躊躇は無かった。
王子から貰った、魔法と科学技術が融合したハイブリッド耳栓。通常ならあり得ない完全無音のソレは恐ろしいほどの静寂で気が狂いそうになるけれど、あのときみたいな怖い思いをするくらいなら使った方がいい。
いつ始まるのか分からない王子の機密漏洩マシンガントークに対抗して持ち歩いていた物だったけれど、まさかこんなところで役に立つ日が来ようとは。
完全なる無音の中でやたらと響いて感じ取れる自らの慌ただしい心臓音。それに気が付いてどんどん落ち着かなくなるけれど、耳栓を外すことは出来ない。自分が無音の世界に耐え切れなくなるのが先か、先輩の聞いちゃダメ系怖い話が終わるのが先か――そう覚悟を決め、思い詰めていた時に。
『フン♪ フン♪ フフ~ン♪』
突如、その静寂は破られた。
え。何コレ。ってか、何だっけ、コレ。
突然の出来事に驚きが隠せない。
耳に優しいような。クセになりそうな。
よく知っているのにぱっと出てこない耳慣れた音。聞き慣れた声で繰り返されるそのフレーズについ意識を持っていかれてしまう。
目の前で先輩が真剣に話し続ける中――耳栓からはソレが流れ続け、ようやく、その答えにたどり着く。
(そうだ! 最近はやっているCМソング……!!)
耳栓から流れてくる音は止まらない。
答えにたどり着いたからか、音を奏でている主が同じフレーズに飽きたからか、次の鼻歌へと切り替わる。
新旧のCМソング。ゲームの音楽。果てには行きつけのスーパーに流れているオリジナルソングっぽいのまで。
多種多様に流れてくる統一感のない、『フンフン♪』だけで再現された軽快な音。
考えるまでもない。謎の鼻歌の犯人は王子だ。
突然ゲームのレベルアップ音が流れてきた時には思わず少し笑ってしまった。
おかしい。この耳栓は頭がどうにかなりそうなほどの完全無音状態になるので、使うのを躊躇していたくらいだったのに。どうやら、王子が少し手を加えていたようだ。
確かに、この耳栓は無音過ぎて怖くて使えない……と王子に伝えたことはある。
でも、いつの間に……と考えて。いや、機会はいくらでもあったよな、と思い直す。
王子の突然始まる機密漏洩を警戒して持ち歩いてはいたものの、寝るときには無くさないよう枕元に置いていたし。ペンダントに入れて持ち歩くようになってからも、寝るときはペンダントごと外して枕元に置いていたし。
『寝る前に呼んであげるから、気がすんだら勝手に帰ってね召喚』の際などは、私が寝た後にいくらでも手に取れる機会はあったはず。
加えて言えば、今日の午前中の召喚時も、私が寝ちゃったせいで机の上に耳栓の入ったペンダントは置きっぱなしだった。
王子に言われてやっとそれに気が付いたくらいだ。……うん、アレちょっとあやしいな。
何にしても魔法の方の技術で耳栓に王子の鼻歌を取り入れたらしい。録音、再生機能まで付けるとは。選曲チョイスが多種多様でちょっと間抜けだが、完全無音よりは安心して使えるし、イントロクイズ要素もあって少し楽しかった。
……まあ、余計な機能のせいでうるさいし、耳栓のクセに集中力はとんでもなく削られそうだけど。
おかげで心臓も落ち着いたし、何より先輩の聞いちゃダメ系怖い話がいつの間にか終わっていたようだ。
どこか夢見るようだった先輩の目が、しっかりと私を見る。
ああ、良かった。もう、気がすんだのかな?
これで安心して私もお手入れ完璧な高級眼鏡――じゃなかった、先輩を見ることができる。うん。ここのところでは一番落ち着いた表情だ。
――なので。
「あ、先輩、怖い話終わりました??」
言いながら、塞いだ耳から両手を離し、ハイブリッド耳栓を耳から取り去る。と、同時に王子の鼻歌メドレーからは解放された。
外から大学祭の盛り上がりが聞こえてくるけれど、先ほどまでの耳栓イヤホン状態からすれば静かなものだ。
耳栓をしている状況の方がうるさいとはコレいかに。
先輩を見ると何故か私を凝視し、戸惑ったような表情を浮かべていて――。
――――パリン。
突然。
部室内に何かが割れるような大きな音が響いた。
反射的に目を閉じ、解放されたばかりの耳を塞ぐ。
窓ガラスでも割れたような、そんな音。
そして、再び耳から手を離し周りを見回せば。
「きゃあ! うわっ、何、今の音……って、あれ? えっ、先輩? 先輩どこ!?」
すぐ目の前に座っていたはずの先輩の姿が、部室の中から消えていた。
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