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96 離宮へ送られた王子(王子視点)

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 僕が塔から離宮へと送られたのは深夜だった

 幽閉されている僕が塔の外へ出るというのは外聞が悪い。しかも、幽閉中とはいえ王家の血筋。動向が知られれば利用しようとする者に狙われる可能性もある。

 と、いうことで僕が移送される際は周囲にバレないように、夜中にひっそりと行われることが多かった。

 だからこれは仕方のない事ではあるのだけれど。


 僕が送られることになった海辺の離宮は信じられないほどに遠い。いくつかの大陸を越えるので、移動用魔法陣を何個も経由しなくてはいけないのだ。

 それゆえビックリするほどの時差がある。

 直接あちらと商売をしている一部の貴族を除き、国民の中には離宮の存在すら知らない者も多い。
 それくらいに移動が困難な場所にあるからだ。



 その地を領土として手に入れたのは長距離を移動できる竜族が大活躍していた神話の時代らしい。人と、竜が共存していた頃、移動はもっぱら竜だったそうだ。

 今では我が国の守り神とされている竜が、長距離移動の際、翼を休めるために利用していたのが遥か遠くにある海の真ん中の島国だった。魔物の被害に遭った際、竜と共に居合わせた我が国の騎士がこの島を救った。そのことが、とんでもなく離れた領土を手にすることになったきっかけらしい。

 海の真ん中のこの島は周囲には狙ってくるような敵国もなく、魔法大国である我が国の庇護下に入ってからは魔物に対しての守りも盤石となった。

 元より自給自足で成り立っているような場所なので、地元民も穏やかで犯罪などめったに聞かない。魔物被害さえなければ安全面では王都よりはるかに上だ。

 そのせいか、我が国の一部となってからは王族の保養地として使われることが多かったらしい。だから安全の為、国民に対しては島の存在が秘されていた。

 ただ、平和な反面、特に観光地も何もなく、刺激とは無縁の場所であるため、現在では建てられた離宮もほとんど利用されることがないと聞いている。

 国の管理下にありながら物理的に距離が離れていて、ほとんど交流もない。そして存在すら知られていない離宮。まさに、幽閉中の僕が療養のために送られるのには相応しい場所と言えるだろう。

 いくつか経由するとはいえ、魔法陣での移動は一瞬だ。そして、塔と離宮とはあまりに遠く離れていて半日程度の時差がある。

 なので。深夜に移動したにもかかわらず、気が付けば到着していて、真昼間。
 わずか数秒の出来事だった。


 頭と体が混乱する。



 毎日毎日毎日。
 規則正しい生活を心掛けていた僕。

 寝起きが悪く不規則な生活になりがちな自分をどうにかするためにとっていた対策だった。



 つまり――僕は元々、生活リズムを崩しやすいのだ。


 そんな状態で始まった僕の離宮生活。
 順調に進むハズがない。


 考えてみれば。

 3D酔いで体調を崩したとはいえ、塔と召喚主のいる異世界との間には時差もないので快適だった。


 ああ早く――塔での幽閉生活に戻りたい。

 そしてあの生活に戻りたい。
 異世界で。召喚主に僕を呼び出してもらって。
 一緒におやつを食べて、ゲームをやって過ごす、あの穏やかな日々。


 そんなことを考えながら――。全ての認識阻害を駆使して離宮へと持ち込んだクマを抱きしめて、着いたばかりの離宮でグッスリと眠りこける僕。

 ああ…やっちゃった……。


 ベッドで。ソファーで。テラスで。
 召喚主の気配をほんの少し感じられるクマとのお昼寝タイムは思いのほか心地よく――。ふと気が付けば寝てばかり。
 食欲なんて戻るはずもない。

 塔に戻るのはそう簡単なことではなさそうだった。


 穏やかな海辺。平和な離宮で。
 抗えない眠気が、怠さが繰り返し僕を襲う。



 こうして僕の――時差ボケとの闘いが始まった。




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