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27 魅了堕ち幽閉王子の暴走(王子視点)
しおりを挟む気が付いた時には僕が一番落ち着くはずの部屋にいた。
魔法陣ラグの上。
フラついて倒れそうになり、膝と手をついて体を支えた。
足には靴を履いたまま。
こちらの世界は土足厳禁なのに汚してしまった。キレイにしなくては――。
そうは思うものの、魔力の残量がほぼなくて怖くて動けない。一歩でも動いたら幽閉中の塔へと戻されてしまうかもしれない。
部屋の中は薄暗い。召喚主が出掛ける前にきっちり部屋の電気を消していくからだ。落ち着くはずの部屋なのに不安でいっぱいになって気が付いた。
『この部屋』じゃなくて。召喚主の傍だから僕は落ち着いていたのだと。
※※※
はしゃいでいたのだと思う。
外に出て。思ったよりも長い距離を移動できたから。
前に自動翻訳魔法が切れたとき。言葉が通じないにも拘らず、身振り手振りで僕の意思を確認して、歩きやすい靴を買ってくれた召喚主。
本当は壁にあった靴が良かったけど、それは笑顔で脅され諦めた。
あの時はちょっと怖かった。魅了堕ちして男爵令嬢に夢中になっていた時の、当時の婚約者がよく浮かべていた表情に似ていたから。
『駄目って分かってるよね?』
――って顔だ。
それでも、ちゃんと質の良い歩きやすい靴を彼女は僕に与えてくれた。
言葉が通じなくても、彼女はまったく変わらなかった。
魔法陣から離れることのできる距離の長さは信頼関係の証。自動翻訳魔法オフは警告だから、本来はあの時も引き返すべきだった。ただでさえ言葉が通じない状態では何があるか分からないから。
あれは正直危険な賭けだった。
でも、あのことがあったからこそ、お互いの信頼感が増したのだと思う。
その証拠に。この靴を買ってくれた店に行っても自動翻訳魔法が切れなくなった。信頼関係が増した分、魔力の消費量が減って、移動可能範囲が伸びたからだ。
召喚に加え外に出かけるのが日課になって、広い世界に居るのが楽しくなった。塔の中では得られない無限の可能性が感じられた。しかも、毎日毎日、召喚主との信頼度が『距離』という形で目に見えて伸びていく。
昨日まで言葉が通じなかった場所が、今日は普通に会話が出来る。そんな毎日が続いて、感覚がマヒしていたのだと思う。『自動翻訳魔法オフ』は強制召喚終了の警告なのに。
すぐに実行されるわけではないけれど、このまま続けると危ないよ? という警告だ。
でも――。自動翻訳魔法が切れると、僕を心配して召喚主が手を繋いでくれる。それが、照れ臭くも少し嬉しかったんだ。
僕が男爵令嬢に魅了をかけられていた時にも、手を繋いだことはある。でも、あの時とは全然違う。
召喚主と手を繋ぐと穏やかな気持ちになれて、つい、もう一度、もう一度と思ってしまった。過去の嫌な記憶を、新しい温もりで上書きしたかったのかもしれない。
自動翻訳魔法が切れてもすぐに強制召喚終了になる訳ではないからと、無茶を繰り返していたのは自覚している。
でも、もしそうなってしまえば長期間魔法陣が使えなくなってしまうのは分かっていたので、ギリギリのラインは守っているつもりだった。
でも、今日はつい限度を超えてしまった。直前の会話が原因だ。
「あ! あそこに見えるの、多分鈴木さんから魔法陣ラグを買った公園だわ。へー、この道はあの公園につながるのね」
「鈴木さんから……あそこで?」
「そう! あの日、あそこでフリーマーケットがやってたの。中にキレイな芝生の広場があるんだけど、そこで鈴木さん倒れそうになってて……。すごく天気のいい日で、気温も高いのに、鈴木さん店番1人だからって前日から水分控えてたんだって。スポーツドリンクあげたのにトイレ行きたくなるからって中々口付けようとしないんだもん。仕方ないから私が店番手伝ってあげたんだけど、その時にラグを見つけて」
クスクスと楽しそうに話す召喚主の話を聞いているうちに、どうしても一緒にその場所に行ってみたくなって――。
「行□○△※」
『あっ、言葉が……。今日はこの辺が限界みたいね。結構歩いたしそろそろ帰りましょ。あっ、ちょっと! 待って! 公園行くのは無理よ、結構距離が……』
自動翻訳魔法が切れたのが分かったけれど、どうしてもこの目でその公園を見たくなってしまった。はしゃいだ――とは少し違うかもしれない。手を繋がれて止められたけど、どうしても今日は引き返したくなかった。
だって、僕のことなのに僕だけがその場所を知らないなんて不公平じゃないか。
前の召喚主――鈴木さんと今の召喚主が出会った公園。僕が引き渡された場所。二人だけが知っていて僕がその場所を知らないなんて。
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