【完結】降霊術『悪役令嬢様』で婚約者の浮気を相談したら大変なことになりました

堀 和三盆

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33 闇堕ち公爵令息の暴走

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「メリー!! 良かった! 起きてくれたか」


 メリーが目を開けると部長がいた。目の下が真っ黒で、顔色が悪い。部長はいったい何日寝ていないのだろうか。酷い隈だ。

 ぼんやりとそんなことを考えて、メリーは自分のことを思い出す。確か、百物語をやっていて、怪異が何も起こらないからと延長戦に突入して二百話目まで行って――その先を覚えていなかった。

 周囲を見渡すと室内だ。学園が所有する宿泊施設のメリーのために用意された部屋。男子は大部屋を用意されているが、オカルト研究会はメリーの他に女子部員がいない。なので、必然的にメリーだけは個室だった。

 布団が敷かれ、メリーはそこに寝かされている。


「あ……の、私、どうしたのでしょうか?」


 ゆっくりと体を起こすと、震える手で部長がメリーの頬に触れてきた。まるで、その存在を確かめるように静かに撫でる。その手があまりに冷たいのでメリーはびっくりして上から自分の手を重ねた。

 宿泊施設は学園から離れた高原にあるのである程度涼しいが、今は夏だ。昼間はそれなりに暑い。それなのに。

 そこで気が付いた。外は暗い。百物語をやっていたのは到着したその日の夜。二百話目を目指すうちに朝になって、今が真っ暗ということは。

 やや温まってきた部長の手が、少しだけ名残惜しそうに離れていく。


「宿泊施設とは逆方向の森に向かう道でメリーと大馬鹿が倒れていたんだ。だから、連れ帰って寝かせた。15時間くらい寝てたかな。大馬鹿も別室で寝かせてる」

「大馬鹿……?」

「フェイトだ。叩き起こして、何があったのか事情をしゃべらせた」


 そう言うと、部長はメリーに湯冷ましを渡してくれたのでありがたく受け取った。生ぬるいそれが、寝起きの喉に優しい。そして、部長は何があったのかを話してくれた。



 フェイトは自分を救ってくれた悪役令嬢様にずっと好意を寄せていた。そして、お試し夜会でメリーを乗っ取った状態の彼女と踊ったことで歯止めがきかなくなった。

 そんなとき、メリーが今年はオカルト研究会の夏合宿へ参加することを聞いた。メリーは悪役令嬢様のお気に入りだ。百物語をやり遂げると怪異が起きると言われているから、そこで再びメリーを乗っ取ってもらえばもう一度会えると思い詰めてしまったらしい。

 安眠効果があるお茶をメリーに飲ませて、悪役令嬢様が取り憑きやすいようにメリーの意識を奪おうとしていたそうだ。


「毒とかは入っていない。お茶自体はただのハーブティーだ。その辺はアイツの良心だろうな。あわよくば……くらいの気持ちだったらしい。ただ、百話目あたりであいつ自身が眠くなってしまってその後のことは一切覚えてないそうだ」


 不思議なこともあるものだ、とメリーは思う。百話目を過ぎたあたりからむしろ積極的に話しかけてきていたような気がするが。そのころには既に彼は夢の中にいたようだ。

 メリーとしては美味しいお茶とお菓子を食べ放題で楽しい時間を過ごしただけなのでとくに怖くも感じない。

 ただ、部長が鑑定魔法で確認したところ、若干の睡眠に対する状態異常が出ていたので静かに寝かせて様子を見ていたそうだ。

 部長にずっと寝顔を見られていたということの方がメリーにとってはショックが大きかった。しかし、同時にあることに気が付く。


「……ってことは、部長寝てないんですか!?」

「ああ。でも途中何度か居眠りをしたから問題はない」

「大ありですよ! 目の下真っ黒ですよ、すぐ寝てください」

「あーいや、それよりも」


 ぐうううぅ~……。


 どちらのものか分からない腹の音が室内に響く。


「流石に食事どころじゃなくてな。食べないと眠れないくらいに空腹だ」

「……すいません。ぐっすり眠らせてもらいましたが私もお腹ペコペコです…………」




 そんな話をしていたら、リキッドが様子を見にやってきた。どうやら、顧問の先生を誤魔化すために、色々と裏で動いていたらしい。

 彼もまた眠っていなかったようで、メリーが目を覚ましたのを確認すると、ホッとしたのか入れ替わるように倒れてしまった。

 部長が鑑定魔法で確認すれば、彼もまた眠っているだけらしく、部長が部屋まで運んで行った。

 そんな訳で一度解散し、メリーが身なりを整えて食堂へ行くと、夕食の用意がしてあった。既に食堂の職員は帰宅したようだが、まだ食事を摂っていない生徒のために一人前ずつトレイに乗せてあるようだ。

 その他、その日残ったパンやご飯でサンドウィッチとおにぎりなどの夜食も用意してあった。至れり尽くせりだ。

 生徒の安全確認のため数回の点呼があったそうだがリキッドの暗躍で顧問の先生は上手くごまかせているらしい。既に部屋へ引っ込んでいるそうだ。

 食堂には数人の部員と共に、少し前に起きてきたらしいツァールトハイト公爵令息の姿があった。頬には殴られたような跡がある。元が美形なだけに痛々しい。


「フェイト様、お早うございます……じゃなくて、ええと……こんばんは? あ、いえ、それよりもその頬……」

「ああ、おはよう。あはは、部長に殴られた」

「痛そう。大丈夫ですか?」

「うん……殴られて当然だから。ごめんね、メリー嬢。部長から話は聞いた?」

「あ、はい」


 悪役令嬢様のことが好きだったフェイト。彼を暴走させてしまったのはメリーが悪役令嬢様を呼び出した挙句体を乗っ取られて、本来手の届かないはずの彼女とフェイトを触れ合わせてしまったせいだ。むしろ彼は巻き込まれてしまった被害者ともいえる。

 そう謝罪をすれば、フェイトは憑き物が落ちたような顔をした。


「あー……。まずいなー。悪役令嬢様のお気に入りだからと思っていただけだったのに。気に入っちゃったなー、また殴られるかなー」


 赤くなったり青くなったりして何かをブツブツ言っていたが、顔を洗って少しだけすっきりした部長が食堂に姿を現すとフェイトは慌てて部屋へと戻っていった。

 しっかりと自分の分のトレイを持って行ったので部屋で食事をするつもりらしい。


「メリー! 大丈夫か。フェイトと何を話していた!?」

「あ、いえ。謝られていただけです」

「それならいいが……」


 部長がメリーの元へと慌てて駆け寄ってきた。少し不機嫌な様子の部長はフェイトの去っていった出入り口を睨んでいたが、メリーが部長の分の食事のトレイを持ってくると慌てて受け取っていた。

 きっとお腹が空いているのだろう。本当にメリーが寝ている間、いっさい食事を摂っていなかったらしい。
 なので。


「夜食に鮭のお握りが用意されているそうですよ」

「何!? 本当か」

「ええ。最近入った年配のパートの人が転生者らしくて」


 トレイを取りに行く際、お握りを前に話をしていた部員から聞いた話をすれば、部長はあっという間に機嫌を直した。メリーには前世の記憶が無いため分からないが、転生者の食への渇望はよほどのことらしい。


(うどんのときもそうだったけど……シャイン様のために作ったタケノコご飯のお弁当を食べたときも泣いていたわよね)


 学園には転生者が多いとはいえ、国全体で見れば転生者は少数派だ。前世の料理を食べられる場所は多くない。需要がないわけではないが、調味料や材料が特殊で手に入れられないせいもある。

 幸い。メリーの元には無駄に転生者として有名になってしまったことへの数少ない恩恵として、国内のみならず他国からも日本食材についての最新情報が手に入る。そのお陰で、一部の転生者の間でごく少数のみが取引されているという味噌や醤油も安定して入手できている。

 前に部長に食べさせた弁当はメリーの分とはいえ、シャインのことを思い、シャインのために作ったお弁当だった。


(シャイン様のためのじゃなくて。今度は、部長のために何か作ってあげたいな……)


 あっという間にトレイの夕食を平らげて。鮭のお握りを美味しそうに頬張っている部長を見て、メリーは自然とそう思った。




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