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28 紡がれなかった未来を語ろう
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「……………………人が被害者ぶってる間に何やってるんですか」
儀式を終わらせる条件を満たすために婚約したこと。既に双方の家で話も済んでいて、後は公表する時期を決めるだけであることを聞かされリキッドは脱力した。
あの日。リキッドはメリーの代わりに「被害者」となった。
全員聴取は受けたが、真実の愛の子が巻き込まれたとなると大事になってしまう。王家もメリーもそれは望まなかった。
拘束監禁されたとなると醜聞にもなるし、それを助けるためとはいえ、元王族に攻撃魔法を食らわせたリキッドの立場も少々まずい。理事長は凶器も握り締めていたし、リキッドが直接の被害者になることで色々と丸く収まった。
全員にとってそれが一番都合が良かった。
そのあたりの調整で走り回っていて部長は話す機会を逃したらしい。
「はあ……事情は分かりましたけど。いいんですか、メリー嬢。人生の大きな決断をそんなサクッと決めちゃって」
「両親が言っていました。結婚は勢いとタイミングだったって」
「真実の愛の物語のイメージが崩れていく……」
カップに口をつけようとして、リキッドは空なのに気付く。そうだ。吹き出したうえに溢してしまったのだ。
「あの……リキッド様、紅茶いれましょうか?」
「ああ、頼みます、メリー嬢。何か、もう、色々とショックがでかすぎて」
「やった! 私、ずっとリキッド様のを入れたかったんですよ」
「え?」
いそいそとお湯を沸かしだすメリー。それを、リキッドは不思議な思いをしながら見守った。
新しくカップの準備をしながらメリーは語る。
部室に来るとメリーはまずお茶の用意をする。メリーと部長の分の緑茶。リキッドは自分で紅茶をいれる。メリーがこの部活に入ってからずっとそうしてきたし、今日もそうだった。
リキッドが緑茶を苦手なせいではあるのだが、それを少しだけ寂しく感じていたメリーはひそかに家で紅茶をいれる練習をしていた。緑茶は無理でも、紅茶なら入れさせてもらえるかも……と。
「いえ、苦手とかそんなことは」
メリーの話を聞いて、驚くリキッド。まさか、そんな風に思っていたとは。
リキッドがメリーのお茶を断っていたのは、仕事のためだ。リキッドは自分の判断で、主の為に毒見が必要になるときがある。慣れない飲み物で味覚が鈍らないようにしていただけだった。
主が『事故』で記憶を取り戻した際、前世の味だとお手製の緑茶を無理矢理飲まされたことがある。
適当にいれられた緑茶は苦くて渋くて、飲むとついそれを思い出してしまうのだ。まあ、そう考えると確かに苦手は苦手と言えるかもしれない。
「……そうですね。緑茶は少し苦手です」
否定しようとして、リキッドは止めた。細かく話すには面倒くさい事情まで話すことになる。主もそれは望まないだろう。
誤解があるならあるで、それを利用させてもらえばいい。
それに。
リキッドはメリーの気遣いを嬉しく感じていた。自分のためにわざわざ練習までしてくれていたとは。
事情を知って真実の愛のイメージは崩れてしまったが、前世から続く両親の愛を一身に受けて育ったメリーはとても素直だ。人への好意も、人を喜ばせるための努力も隠すことなく口にする。
貴族らしくはないが、それは幼い頃から王宮の見たくもない汚い面まで見ざるを得なかったリキッドにとって好ましいものだった。
無邪気に、そして素直に語られる言葉は時に誤解を生みそうで、慌てたリキッドが防音に走り回る羽目になることも多いけれど。
メリーは言う。
「私、緑茶が大好きだけど、紅茶もすごく好きなんですよ」
領地のお茶は特別だが。この世界で生きていれば、紅茶を口にする機会の方が多い。
知らない前世と、よく知る今世。両方を愛するメリーにとってはどちらも等しく大事なのだ。
大好きと、好き。程度の差はあっても、好きであるということには変わりはない。それに。
「リキッド様のホットドッグを食べさせてもらった時に飲ませてもらったあの味が忘れられなくて」
「ぶほっ」
顔を赤らめて、メリーが言った。何故か、部長が小さくお茶を噴いた。
「どうせなら、上手に入れられるようになりたくて。あの日も感覚が残っているうちに何度も一人で練習したんですよ」
リキッドの入れてくれた紅茶は味もだけど香りも素晴らしかった。どうせならあれを目指したい。
「ああ。それなら私がじっくりお教えしますよ」
「えっ! いいんですか! リキッド様の腕は素晴らしいので忘れられないんです」
「メリー嬢とは末永いお付き合いになりそうですからね。少し気が早いかもしれませんが今からしっかり教え込みます。ちょうど、お湯も沸いたようですし」
「はい! 嬉しいです。リキッド様の好みに近づけるよう頑張ります」
「肩に力が入りすぎですよ。もっと力を抜いて気楽に楽しんで入れればいいんです」
「はいっ。初めてなので、優しく願いします」
ごめん、今まで俺が悪かった……。いつもと逆の主の小さなつぶやきに満足してリキッドは思う。
リキッドはかつて乳兄弟として側近候補としてとある王族に仕えていた。
誰よりも高貴でありながら微妙な立場にいる主は幼い頃から何度も命を狙われていた。しかし、何かに守られでもしているかのようにギリギリ生き残ってきた。
幼い頃、何もない部屋に閉じ込められたときも、どうやってか誰かに食事を与えられていた形跡があった。それと引き換えのように魔力は空となっていた。発見後、魔力はすぐに回復したが、消えた魔力はどこに行ったのか、何があったのか。今もそれは謎のままだ。
しかし何度目かの襲撃で。馬車が事故に遭い、主は大ケガを負った。その衝撃で主は前世の記憶を取り戻してしまった。
数代前の王太子がやらかしてしまったせいで、この国では前世持ちは王族ではいられない。これだけはどうにもならなくて、第三王子はそのまま馬車の事故で亡くなったことにされた。
全ては闇に葬られて。
数年後、他国で療養していた侯爵家の嫡男が忽然と現れた。そして、リキッドは今、彼の傍にいる。
記憶を取り戻す前の彼は静かに本を読んでいるような子だった。取り戻してからは大はしゃぎで興奮しながら本を読むような子になった。
何を思い出したのかは転生者ではないリキッドには聞いてもよく分からない。ただ、読んでいるのは小さい頃から何も変わらない。オカルトがらみの怪しい本。
ただ、「おとなしい子」から「仲間を見つけちゃったおとなしい子」に変わっただけだ。それでも全てを失った彼は影もきれいに取り払われてよく笑うようになった。
皮肉なことではあるが、前世を取り戻したことで輝かしい未来を失った彼は、そのお陰で命を狙われることもなくなり新しく人生を始めることができた。
それをリキッドは嬉しく思うが、同時に考えずにはいられない。
今日知った。メリーと部長の過去の縁。それが消えることなく繋がれていたら、結果は変わっていたのだろうか、と。
少しだけ早くメリーと婚約を結び、第三王子の立場が強固なものになって。命を狙われることなく事故にも合わず、記憶を取り戻すことなく過ごせていたら。
目の前で部長はメリーにお茶のお代わりを強請っている。部長はリキッドとは逆で紅茶が苦手だ。幼い頃に、毒をもられたことがあるからだ。
メリーのいれた緑茶を警戒することなく、美味しそうに飲む部長。領地のお茶が大人気だと嬉しそうに笑うメリー。
一つだけ言えることがある。結果は同じでも、タイミングがずれていたらこの平和な光景は見られなかった。
メリーは親元から引き離されて教育されただろうし、部長はあの空気の中どう育ったのか見当もつかない。
それでも、この2人なら――今さらだと分かっていてもリキッドはついそんなことを思ってしまう。
答えの出ないこの質問。いっそ悪役令嬢様にでも聞いてみようか。リキッドはそんなことを思った。
いいかもしれない。お茶会ならば婚約者がいなくとも悪役令嬢様は来てくれるらしいし、王家の闇を知っている彼女ならば正しい答えをくれるだろう。
例の件で、改めて『悪役令嬢様』は禁止をされてしまった。なので、やるには最新の注意が必要だ。
そのためにも――。
「えっ廃屋でやるんですか!?」
「ロウソクも使いたいからな。学園所有の建物ではまずい。いい具合に敷地内に廃屋があるから、夜中にそこでやる。声も抑えなくて済むからな」
「夜中に……! 興奮しますね」
「真昼間ってわけにもいかないだろう。ムードが出ない」
「そうですよね。服装にもこだわりたいところです。お泊りでなんて初めてですから完璧にしたいです」
「やはり白か。血の演出も映えるだろうし」
「私、他の部員にお会いするのって初めてです。見られながらするのは緊張しますね」
夏の部活の合宿の話で盛り上がっているらしい2人。夜中にやる怪談話の相談らしいが人聞き悪いことこの上ない。
さっき謝ってきたくせにちっとも反省していない部長の様子を見て。警戒心の育たない無邪気な真実の愛の子を見て。
『悪役令嬢様』をやるためにも、懲りない部長の為にも。
とりあえず、防音魔法の精度を上げるかな、とひそかに決意をしたリキッドだった。
儀式を終わらせる条件を満たすために婚約したこと。既に双方の家で話も済んでいて、後は公表する時期を決めるだけであることを聞かされリキッドは脱力した。
あの日。リキッドはメリーの代わりに「被害者」となった。
全員聴取は受けたが、真実の愛の子が巻き込まれたとなると大事になってしまう。王家もメリーもそれは望まなかった。
拘束監禁されたとなると醜聞にもなるし、それを助けるためとはいえ、元王族に攻撃魔法を食らわせたリキッドの立場も少々まずい。理事長は凶器も握り締めていたし、リキッドが直接の被害者になることで色々と丸く収まった。
全員にとってそれが一番都合が良かった。
そのあたりの調整で走り回っていて部長は話す機会を逃したらしい。
「はあ……事情は分かりましたけど。いいんですか、メリー嬢。人生の大きな決断をそんなサクッと決めちゃって」
「両親が言っていました。結婚は勢いとタイミングだったって」
「真実の愛の物語のイメージが崩れていく……」
カップに口をつけようとして、リキッドは空なのに気付く。そうだ。吹き出したうえに溢してしまったのだ。
「あの……リキッド様、紅茶いれましょうか?」
「ああ、頼みます、メリー嬢。何か、もう、色々とショックがでかすぎて」
「やった! 私、ずっとリキッド様のを入れたかったんですよ」
「え?」
いそいそとお湯を沸かしだすメリー。それを、リキッドは不思議な思いをしながら見守った。
新しくカップの準備をしながらメリーは語る。
部室に来るとメリーはまずお茶の用意をする。メリーと部長の分の緑茶。リキッドは自分で紅茶をいれる。メリーがこの部活に入ってからずっとそうしてきたし、今日もそうだった。
リキッドが緑茶を苦手なせいではあるのだが、それを少しだけ寂しく感じていたメリーはひそかに家で紅茶をいれる練習をしていた。緑茶は無理でも、紅茶なら入れさせてもらえるかも……と。
「いえ、苦手とかそんなことは」
メリーの話を聞いて、驚くリキッド。まさか、そんな風に思っていたとは。
リキッドがメリーのお茶を断っていたのは、仕事のためだ。リキッドは自分の判断で、主の為に毒見が必要になるときがある。慣れない飲み物で味覚が鈍らないようにしていただけだった。
主が『事故』で記憶を取り戻した際、前世の味だとお手製の緑茶を無理矢理飲まされたことがある。
適当にいれられた緑茶は苦くて渋くて、飲むとついそれを思い出してしまうのだ。まあ、そう考えると確かに苦手は苦手と言えるかもしれない。
「……そうですね。緑茶は少し苦手です」
否定しようとして、リキッドは止めた。細かく話すには面倒くさい事情まで話すことになる。主もそれは望まないだろう。
誤解があるならあるで、それを利用させてもらえばいい。
それに。
リキッドはメリーの気遣いを嬉しく感じていた。自分のためにわざわざ練習までしてくれていたとは。
事情を知って真実の愛のイメージは崩れてしまったが、前世から続く両親の愛を一身に受けて育ったメリーはとても素直だ。人への好意も、人を喜ばせるための努力も隠すことなく口にする。
貴族らしくはないが、それは幼い頃から王宮の見たくもない汚い面まで見ざるを得なかったリキッドにとって好ましいものだった。
無邪気に、そして素直に語られる言葉は時に誤解を生みそうで、慌てたリキッドが防音に走り回る羽目になることも多いけれど。
メリーは言う。
「私、緑茶が大好きだけど、紅茶もすごく好きなんですよ」
領地のお茶は特別だが。この世界で生きていれば、紅茶を口にする機会の方が多い。
知らない前世と、よく知る今世。両方を愛するメリーにとってはどちらも等しく大事なのだ。
大好きと、好き。程度の差はあっても、好きであるということには変わりはない。それに。
「リキッド様のホットドッグを食べさせてもらった時に飲ませてもらったあの味が忘れられなくて」
「ぶほっ」
顔を赤らめて、メリーが言った。何故か、部長が小さくお茶を噴いた。
「どうせなら、上手に入れられるようになりたくて。あの日も感覚が残っているうちに何度も一人で練習したんですよ」
リキッドの入れてくれた紅茶は味もだけど香りも素晴らしかった。どうせならあれを目指したい。
「ああ。それなら私がじっくりお教えしますよ」
「えっ! いいんですか! リキッド様の腕は素晴らしいので忘れられないんです」
「メリー嬢とは末永いお付き合いになりそうですからね。少し気が早いかもしれませんが今からしっかり教え込みます。ちょうど、お湯も沸いたようですし」
「はい! 嬉しいです。リキッド様の好みに近づけるよう頑張ります」
「肩に力が入りすぎですよ。もっと力を抜いて気楽に楽しんで入れればいいんです」
「はいっ。初めてなので、優しく願いします」
ごめん、今まで俺が悪かった……。いつもと逆の主の小さなつぶやきに満足してリキッドは思う。
リキッドはかつて乳兄弟として側近候補としてとある王族に仕えていた。
誰よりも高貴でありながら微妙な立場にいる主は幼い頃から何度も命を狙われていた。しかし、何かに守られでもしているかのようにギリギリ生き残ってきた。
幼い頃、何もない部屋に閉じ込められたときも、どうやってか誰かに食事を与えられていた形跡があった。それと引き換えのように魔力は空となっていた。発見後、魔力はすぐに回復したが、消えた魔力はどこに行ったのか、何があったのか。今もそれは謎のままだ。
しかし何度目かの襲撃で。馬車が事故に遭い、主は大ケガを負った。その衝撃で主は前世の記憶を取り戻してしまった。
数代前の王太子がやらかしてしまったせいで、この国では前世持ちは王族ではいられない。これだけはどうにもならなくて、第三王子はそのまま馬車の事故で亡くなったことにされた。
全ては闇に葬られて。
数年後、他国で療養していた侯爵家の嫡男が忽然と現れた。そして、リキッドは今、彼の傍にいる。
記憶を取り戻す前の彼は静かに本を読んでいるような子だった。取り戻してからは大はしゃぎで興奮しながら本を読むような子になった。
何を思い出したのかは転生者ではないリキッドには聞いてもよく分からない。ただ、読んでいるのは小さい頃から何も変わらない。オカルトがらみの怪しい本。
ただ、「おとなしい子」から「仲間を見つけちゃったおとなしい子」に変わっただけだ。それでも全てを失った彼は影もきれいに取り払われてよく笑うようになった。
皮肉なことではあるが、前世を取り戻したことで輝かしい未来を失った彼は、そのお陰で命を狙われることもなくなり新しく人生を始めることができた。
それをリキッドは嬉しく思うが、同時に考えずにはいられない。
今日知った。メリーと部長の過去の縁。それが消えることなく繋がれていたら、結果は変わっていたのだろうか、と。
少しだけ早くメリーと婚約を結び、第三王子の立場が強固なものになって。命を狙われることなく事故にも合わず、記憶を取り戻すことなく過ごせていたら。
目の前で部長はメリーにお茶のお代わりを強請っている。部長はリキッドとは逆で紅茶が苦手だ。幼い頃に、毒をもられたことがあるからだ。
メリーのいれた緑茶を警戒することなく、美味しそうに飲む部長。領地のお茶が大人気だと嬉しそうに笑うメリー。
一つだけ言えることがある。結果は同じでも、タイミングがずれていたらこの平和な光景は見られなかった。
メリーは親元から引き離されて教育されただろうし、部長はあの空気の中どう育ったのか見当もつかない。
それでも、この2人なら――今さらだと分かっていてもリキッドはついそんなことを思ってしまう。
答えの出ないこの質問。いっそ悪役令嬢様にでも聞いてみようか。リキッドはそんなことを思った。
いいかもしれない。お茶会ならば婚約者がいなくとも悪役令嬢様は来てくれるらしいし、王家の闇を知っている彼女ならば正しい答えをくれるだろう。
例の件で、改めて『悪役令嬢様』は禁止をされてしまった。なので、やるには最新の注意が必要だ。
そのためにも――。
「えっ廃屋でやるんですか!?」
「ロウソクも使いたいからな。学園所有の建物ではまずい。いい具合に敷地内に廃屋があるから、夜中にそこでやる。声も抑えなくて済むからな」
「夜中に……! 興奮しますね」
「真昼間ってわけにもいかないだろう。ムードが出ない」
「そうですよね。服装にもこだわりたいところです。お泊りでなんて初めてですから完璧にしたいです」
「やはり白か。血の演出も映えるだろうし」
「私、他の部員にお会いするのって初めてです。見られながらするのは緊張しますね」
夏の部活の合宿の話で盛り上がっているらしい2人。夜中にやる怪談話の相談らしいが人聞き悪いことこの上ない。
さっき謝ってきたくせにちっとも反省していない部長の様子を見て。警戒心の育たない無邪気な真実の愛の子を見て。
『悪役令嬢様』をやるためにも、懲りない部長の為にも。
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