【完結】降霊術『悪役令嬢様』で婚約者の浮気を相談したら大変なことになりました

堀 和三盆

文字の大きさ
上 下
22 / 34

22 悪役令嬢様はいらっしゃらない

しおりを挟む
(この人、転生者なんだわ……)


 メリーの目の前で、何枚も何枚も。五十音の書かれた儀式用の紙を書いていく理事長。先ほどから、呼び出しに失敗しては紙を変えて、を繰り返している。

 迷いなく書かれていく文字にメリーは確信した。

 ダンスパーティー会場から連れ出され。理事長室に連れて来られたメリーはずっと『悪役令嬢様』を理事長と共にやらされている。

 しかし、金貨が動くことはなかった。隙をみて逃げ出したくても薄暗い理事長室の中、光る糸のような何かでメリーは椅子に括り付けられていて、立ち上がることさえできない。


「くそっ! 何でだ! 何で来てくれない!?」


 使われているワインは部長が隣国のオークションで入手した物。ワインの位置も、書かれた紙の内容も、メリーの記憶している物と違いはない。条件はそろっているように見える。

 ……見えるものだけは。


「もう一度だ!!」


 理事長は机の上に新しく書き上げた紙を広げ、ワインをセットして金貨の上に指を置く。ギロリと睨まれ、慌ててメリーも金貨に指を置いた。


「「悪役令嬢様、悪役令嬢様。いらっしゃいましたら階段の所までお越しください――」」

「「悪役令嬢様、悪役令嬢様。いらっしゃいましたら階段の所までお越しください――」」

「「悪役令嬢様、悪役令嬢様。いらっしゃいましたら階段の所までお越しください――」」


 何度も何度も。
 儀式を始めようと声を上げるが無視される。

 その度に、理事長は儀式用のワインに口をつけ、徐々に気性が荒くなっていく。メリーはそれが怖かった。

 理事長の顔は知っていた。入学の際も面接で顔を合わせたし、学園中に肖像画が飾られているから。あまり人前には出てこないが、生徒思いの穏やかな優しい人のイメージだった。

 それが、今は目が淀んでいて、まるで何かに取り憑かれているようだ。確実に悪役令嬢様に取り憑かれているメリーが言えたことではないのだが。


「私が呼び出しても現れないクセに、禁止しても禁止しても生徒の間で流行って現れる。何故だ! お前なんだろう!? アリッサ!」


 ガシャン!!


 叫んだ理事長がワインを呷り、空になったワイングラスを壁に叩きつける。恐怖から、メリーは耳を抑えた。


「くそっ残り2杯もないな。このワインなら呼び出せると言っていたのに……聞き間違いか……? いや! 確かに聞いた。中庭で聞いたんだ! あれは、オカルト研究会の部室だった!! 間違いない。ワインだって手に入れたんだ。今度こそ呼び出せるはずなんだ。それともまだ何かが足りないのか……?」


 理事長が棚から新しいワイングラスを取り出して机の上へと置いた。ボトルから赤いワインを注いだ理事長が割れたワイングラスの破片へと目をやって、にやあ、と笑った。


「いっそ、血でも混ぜてみるか……? オカルト好きの子供が考えそうなことだ。やってみる価値はある」


 理事長はフラフラと立ち上がり、床から破片を拾うと定まらない視線をメリーへと向けた。メリーは逃げないと、と思うものの立ち上がれない。

 一歩。また一歩。理事長がメリーへと近づいてくる。


「真実の愛の子の血ならば、供物としてアレも文句はないだろう」


 そう言って笑う理事長から逃げるために体ごと動かそうとしてもガタガタと、光の糸で括り付けられた椅子ごと揺れるだけ。足も、上半身も動かない。

 メリーの自由になるのは『悪役令嬢様』の儀式をやるのに必要だった手と……。ソレに気が付いてメリーは大きく息を吸い込んだ。

 そして。


「……っ……けてっ! 助けて!! 助けて部長! リキッド様あぁあ!!」





「メリー!! 大丈夫か!!」

ゴウオオオオオオオオオオオオオォォォオオ!!!


 部長の声と共に理事長室のドアが開いたと思ったら。メリーの前でワイングラスの破片を振り上げていた理事長が突風で吹っ飛ばされた。

 リキッドが風魔法を発動させたらしい。


「光糸拘束解除っ」


 部長のつぶやきと共に理事長室が一瞬明るい光に包まれて、それに溶けるようにメリーを拘束していた物が消え去った。


「部長……っ! 部長、部長、部長、部長、部長……」


 ふらつく足で駆け出して、メリーは部長の胸へと飛び込んだ。足に力が入らず今にも崩れ落ちそうだが、部長がしっかりと抱えてくれたのでメリーは遠慮なくしがみついた。


「光糸拘束」


 部長が何かをつぶやくと、薄暗い室内に光の糸が現れて床に蹲る理事長を拘束していく。よほど強く握りしめていたのだろう。手にはワイングラスの破片を持ったままだ。

 血が出ていて痛そうだが、「生徒を傷つけようとした証拠だ」と言って、部長はその手もそのまま光の糸で固定した。


「な……なんで、お前が光魔法を使えるんだ! これは、王家」

「お口にガムテープ」

「……むぐっ」


 部長の一言で、理事長の口が光る何かで閉ざされる。もごもごと、まだ何か叫ぼうとしているが何を言っているのかメリーにはさっぱり聞き取れなかった。


「さあね、転生者だからじゃないか? 大丈夫かメリー嬢。遅くなってすまなかった」

「だ……大丈夫です。あっ、それよりもワインが……ああつ!」


 テーブルの上から落ちそうなワインボトルに気が付いて、メリーは慌てて駆け寄りキャッチした。ふらついて座りこんでしまったが、ボトルは無事だ。

 風で倒れて転がったのだろう。ただでさえ減っていたワインが残り僅かになっている。


「どこだ!? すごい音がしたぞ」


 遠くから警備の人らしき声が聞こえてくる。騒ぎに気付き、駆けつけてきたようだ。そのうちここにも来るだろう。


「まずい。騒ぎになったら身動きが取れなくなる。リキッド、悪いが後は頼む。メリー嬢、俺達はとにかく儀式を終わらせよう。悪いが、急ぐぞ」


 部長はメリーに駆け寄ると横抱きに持ち上げて走り出した。足が言うことを聞かない今、この方が早いだろう。

 メリーはワインボトルを落とさないように、部長の腕の中でしっかりと胸に抱え込んだ。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。

かのん
恋愛
 真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。  けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。 「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。  ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】平凡な令嬢、マリールイスの婚約の行方【短編】

青波鳩子
恋愛
平凡を自認する伯爵令嬢マリールイスは、格上の公爵家嫡男レイフ・オークランスから『一目惚れをした』と婚約を申し込まれる。 困惑するマリールイスと伯爵家の家族たちは、家族会議を経て『公爵家からの婚約の申し込みは断れない』と受けることを決めた。 そんな中、レイフの友人の婚約パーティに招かれたマリールイスは、レイフから贈られたドレスを身に着けレイフと共に参加する。 挨拶後、マリールイスをしばらく放置していたレイフに「マリールイスはご一緒ではありませんか?」と声を掛けたのは、マリールイスの兄だった。 *荒唐無稽の世界観で書いた話ですので、そのようにお読みいただければと思います。 *他のサイトでも公開しています。

【完結済】恋の魔法が解けた時 ~ 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました ~

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 侯爵令嬢のクラリッサは、幼少の頃からの婚約者であるダリウスのことが大好きだった。優秀で勤勉なクラリッサはダリウスの苦手な分野をさり気なくフォローし、助けてきた。  しかし当のダリウスはクラリッサの細やかな心遣いや愛を顧みることもなく、フィールズ公爵家の長女アレイナに心を移してしまい、無情にもクラリッサを捨てる。  傷心のクラリッサは長い時間をかけてゆっくりと元の自分を取り戻し、ようやくダリウスへの恋の魔法が解けた。その時彼女のそばにいたのは、クラリッサと同じく婚約者を失ったエリオット王太子だった。  一方様々な困難を乗り越え、多くの人を傷付けてまでも真実の愛を手に入れたと思っていたアレイナ。やがてその浮かれきった恋の魔法から目覚めた時、そばにいたのは公爵令息の肩書きだけを持った無能な男ただ一人だった───── ※※作者独自の架空の世界のお話ですので、その点ご理解の上お読みいただけると嬉しいです。 ※※こちらの作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

処理中です...