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20 元婚約者とのラストダンス
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「悪いけど、一曲付き合って欲しいんだ」
そう言うと、シャインはメリーの腕を掴んできた。答えを聞く気はないようで、シャインはそのままどんどん会場の中央へと向かっていく。
「えっ、ちょ……ちょっと待って、なんで?」
急な展開にメリーの頭がついていかない。シャインとメリーの婚約は白紙となった。今更、踊る必要などないはずだ。
メリーの声に振り返ったシャインは余裕のない顔をしていた。心配になって尋ねてみれば、彼は歩きながら話してくれた。
「何故か――君と僕との婚約を白紙にしたことが広まっていて、ヴィオーラ嬢がつらい思いをしてるんだ」
シャインの説明によると、婚約白紙の件がなぜか広まっていたところに「友達」としてシャインが子爵令嬢と入場したことで噂に火がついてしまったらしい。それも、子爵令嬢に都合の悪い方向へ。
メリーは伯爵との会話中に考えていたことを思い出す。
おそらくはメリーのせいだろう。真実の愛の子の幸せを切り裂いた悪者にされてしまったのだ。婚約白紙の件がなぜ広まったのかは知らないが、前から子爵令嬢に対する似たような噂は流れていた。
シャインの予定では夏休みの間に婚約白紙の件を広めて、二学期へと入って噂がおさまった頃に正式に話を進めるつもりだったらしい。
落ち込む彼女を一人にするわけにもいかず、慰めるために彼女の大好きなダンスに付き合っていたが、状況は悪くなるばかり。そこで。
「君とも踊れば合意の上なのだと分かるだろう? だから、頼むよ、メリー。一曲でいいから」
そういう結論になったようだ。ダンスの会場までやってくると、シャインは曲が変わるタイミングでメリーに手を差し出してきた。
なるほど。確かにシャインと子爵令嬢が何度も踊った後で笑顔のメリーとも踊れば、何も問題はないのだとのアピールにはなるだろう。しかし――。
今までダンスが下手だからとメリーと踊るのを避けてきたくせに、子爵令嬢の為ならば平気で踊るのか。
しかも、こんなにもあっさりと。
そう思うと腹が立つし物悲しくなってくる。とはいえ、婚約は白紙となったのだ。メリーはもう婚約者ではない。
幼馴染に戻ったからには友達としてシャインの恋を応援してあげるべきだろう。これは、メリーにしかできないことなのだから。
メリーは笑顔を浮かべ幼馴染の手を取った。
本当は少し、嫌だけど――そう、思った次の瞬間。
メリーはダンスを終えていた。
わああああああああああああああ……!
パチパチパチパチ……。
上がる歓声。止まらぬ拍手。
メリーはそれで理解した。自分にしかできないと思っていたけれど、一人だけ代われるモノがいた。
――悪役令嬢様だ。
メリーの心情を察して代わってくれたのだ。
目の前には驚いた顔のシャイン。彼と踊るのは久しぶりだから、きっと悪役令嬢様のダンスにびっくりしたことだろう。乗っ取られているメリーには分からないが、彼女のダンスは周囲を魅了するほど素晴らしいそうだから。
ダンスは悪役令嬢様が代わってくれた。
あとは、終わらせるだけ。
メリーには一つだけ特技がある。転生者として、両親からあちら風の教育を受けてきたお陰で身に付いたもの。
「挨拶は大事」
「終わり良ければすべてよし」
そんな両親の教えから。
メリーは挨拶だけは完璧だった。
「それでは、私はこれで。ごきげんよう、グロウ伯爵令息様」
「え、あ……、ああ。ありがとう、メリー……嬢」
淑女の礼をとり、周囲にも失礼にならない程度の簡易的な挨拶をしてその場を離れるメリー。最後、シャインが戸惑ったような顔をしていたのはダンスに驚いていたためだろう。
ダンス会場から離れながら、メリーは今起こったことを考える。
今日は朝からカフェインをたくさん摂っているし、お昼寝もしているから睡眠不足でもない。前回の失敗から間違えてお酒を飲まないように注意もしている。シャインの言葉に怒りや悲しみを感じてもそこまでショックを受けていたわけではないし、意識はハッキリしていた。
その状態で代わるのは大変なのだと秘密のお茶会で悪役令嬢様は言っていた。
考えてみれば。
『ボーっとしてると乗っ取りやすい』
『お茶をたくさん飲んだから乗っ取れない』
『お昼寝されるとやりづらい』
お茶会で、そんな風にヒントを出してくれていたのは悪役令嬢様だ。メリーが自衛できるようにあえて教えてくれていた。そして、無理をしてまで代わってくれた。
(ありがとう、悪役令嬢様)
言ったところで、『踊りたかっただけですわ!』としか言わないだろうけど。
これが、きっと元婚約者とのラストダンスになる。
実際にメリー自身が踊るよりいい思い出となった。悪役令嬢様が代わってくれたおかげで、嫌な気持ちは一切残していないから。
これで本当に吹っ切れた。メリーが清々しい思いをしていると、話しかけてくる者があった。
「メリー・トゥルース伯爵令嬢だね。素晴らしいダンスだった。感動したよ。ちょっといいかい?」
今日はたくさん話しかけられる日だな、メリーはそう警戒していたが、よく知っている顔と、話の内容を聞いてすぐさま緊張を解いた。
「荷物を預かっているから取りに来てほしい」
――目の前の人物はそう言った。これでようやく儀式が行える。そう思ったメリーは軽い足取りでその人物の後ろをついて行った。
そう言うと、シャインはメリーの腕を掴んできた。答えを聞く気はないようで、シャインはそのままどんどん会場の中央へと向かっていく。
「えっ、ちょ……ちょっと待って、なんで?」
急な展開にメリーの頭がついていかない。シャインとメリーの婚約は白紙となった。今更、踊る必要などないはずだ。
メリーの声に振り返ったシャインは余裕のない顔をしていた。心配になって尋ねてみれば、彼は歩きながら話してくれた。
「何故か――君と僕との婚約を白紙にしたことが広まっていて、ヴィオーラ嬢がつらい思いをしてるんだ」
シャインの説明によると、婚約白紙の件がなぜか広まっていたところに「友達」としてシャインが子爵令嬢と入場したことで噂に火がついてしまったらしい。それも、子爵令嬢に都合の悪い方向へ。
メリーは伯爵との会話中に考えていたことを思い出す。
おそらくはメリーのせいだろう。真実の愛の子の幸せを切り裂いた悪者にされてしまったのだ。婚約白紙の件がなぜ広まったのかは知らないが、前から子爵令嬢に対する似たような噂は流れていた。
シャインの予定では夏休みの間に婚約白紙の件を広めて、二学期へと入って噂がおさまった頃に正式に話を進めるつもりだったらしい。
落ち込む彼女を一人にするわけにもいかず、慰めるために彼女の大好きなダンスに付き合っていたが、状況は悪くなるばかり。そこで。
「君とも踊れば合意の上なのだと分かるだろう? だから、頼むよ、メリー。一曲でいいから」
そういう結論になったようだ。ダンスの会場までやってくると、シャインは曲が変わるタイミングでメリーに手を差し出してきた。
なるほど。確かにシャインと子爵令嬢が何度も踊った後で笑顔のメリーとも踊れば、何も問題はないのだとのアピールにはなるだろう。しかし――。
今までダンスが下手だからとメリーと踊るのを避けてきたくせに、子爵令嬢の為ならば平気で踊るのか。
しかも、こんなにもあっさりと。
そう思うと腹が立つし物悲しくなってくる。とはいえ、婚約は白紙となったのだ。メリーはもう婚約者ではない。
幼馴染に戻ったからには友達としてシャインの恋を応援してあげるべきだろう。これは、メリーにしかできないことなのだから。
メリーは笑顔を浮かべ幼馴染の手を取った。
本当は少し、嫌だけど――そう、思った次の瞬間。
メリーはダンスを終えていた。
わああああああああああああああ……!
パチパチパチパチ……。
上がる歓声。止まらぬ拍手。
メリーはそれで理解した。自分にしかできないと思っていたけれど、一人だけ代われるモノがいた。
――悪役令嬢様だ。
メリーの心情を察して代わってくれたのだ。
目の前には驚いた顔のシャイン。彼と踊るのは久しぶりだから、きっと悪役令嬢様のダンスにびっくりしたことだろう。乗っ取られているメリーには分からないが、彼女のダンスは周囲を魅了するほど素晴らしいそうだから。
ダンスは悪役令嬢様が代わってくれた。
あとは、終わらせるだけ。
メリーには一つだけ特技がある。転生者として、両親からあちら風の教育を受けてきたお陰で身に付いたもの。
「挨拶は大事」
「終わり良ければすべてよし」
そんな両親の教えから。
メリーは挨拶だけは完璧だった。
「それでは、私はこれで。ごきげんよう、グロウ伯爵令息様」
「え、あ……、ああ。ありがとう、メリー……嬢」
淑女の礼をとり、周囲にも失礼にならない程度の簡易的な挨拶をしてその場を離れるメリー。最後、シャインが戸惑ったような顔をしていたのはダンスに驚いていたためだろう。
ダンス会場から離れながら、メリーは今起こったことを考える。
今日は朝からカフェインをたくさん摂っているし、お昼寝もしているから睡眠不足でもない。前回の失敗から間違えてお酒を飲まないように注意もしている。シャインの言葉に怒りや悲しみを感じてもそこまでショックを受けていたわけではないし、意識はハッキリしていた。
その状態で代わるのは大変なのだと秘密のお茶会で悪役令嬢様は言っていた。
考えてみれば。
『ボーっとしてると乗っ取りやすい』
『お茶をたくさん飲んだから乗っ取れない』
『お昼寝されるとやりづらい』
お茶会で、そんな風にヒントを出してくれていたのは悪役令嬢様だ。メリーが自衛できるようにあえて教えてくれていた。そして、無理をしてまで代わってくれた。
(ありがとう、悪役令嬢様)
言ったところで、『踊りたかっただけですわ!』としか言わないだろうけど。
これが、きっと元婚約者とのラストダンスになる。
実際にメリー自身が踊るよりいい思い出となった。悪役令嬢様が代わってくれたおかげで、嫌な気持ちは一切残していないから。
これで本当に吹っ切れた。メリーが清々しい思いをしていると、話しかけてくる者があった。
「メリー・トゥルース伯爵令嬢だね。素晴らしいダンスだった。感動したよ。ちょっといいかい?」
今日はたくさん話しかけられる日だな、メリーはそう警戒していたが、よく知っている顔と、話の内容を聞いてすぐさま緊張を解いた。
「荷物を預かっているから取りに来てほしい」
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