15 / 34
15 悪役令嬢様の指示を実行しよう
しおりを挟むとある土曜日。メリーと部長とリキッドは図書室にいた。
期末試験前ということもあり、図書室の中には勉強をしている生徒の姿がちらほら見える。
その中に、メリーの婚約者であるシャインと、転生者であるヴィオーラ・ホルテンズィー子爵令嬢もいた。
転生者は社会と魔法の勉強が苦手らしい。
前者は、前世の記憶が混ざることが原因と言われている。世界史や日本史、前世で覚えた年号や史実が、今世での歴史を含めた社会を学ぶ際に邪魔になるそうだ。
後者は前世に魔法がなかったから。脳が理解を拒否するらしい。
前世で母の胎内にいたメリーはそもそも勉強などしていないからメリーにはそれは当てはまらない。
前世の記憶はないし、産まれた時から魔法に親しんでいるので魔法に対する苦手意識もない。
その上で読み書きや算数などは物心つく前から前世のものも含めて転生者である両親からしっかりと教わっているので苦手な教科は特にない。
しいて言うならマナーくらいだろうか。それも、公爵家のおばあ様が最低限は何とかしてくれている。
なので、これもある意味、部長の言うところの「いいとこどり」に入るのかもしれない。
そして、件の子爵令嬢も転生者の例にもれず、社会と魔法が苦手なのだそうだ。
期末テスト前に図書室で勉強を見てあげるのだとシャインが言っていた。だからこそメリーは図書室で待ち伏せたのだった。
「は!? 普通、婚約者にそんなこと言うか? 無神経な……いったい、いつ言われたんだ」
「夜会へ向かう馬車の中で、です。中間テストの際もみてあげたらしくって」
協力を頼んだとき、部長は怒っていた。しかし、メリーにとってはいつものことだ。
良い意味でも悪い意味でもシャインは正直だった。悪気がないからこそメリーに言ってくるし、言ったからには悪気はないんだ、と開き直っている節もある。
長い付き合いのメリーにはそんな誤魔化しまで分かってしまうのがつらいところだ。
そして。君と違って本物の転生者だから教えてあげないと――そんな風に言われれば、そうですかとしか言えない。
でも、お陰で都合はいい。同じ転生者とはいえ、学年が違う子爵令嬢とメリーは面識がない。
『教科書隠せ』
『ノート破れ』
『落書きしろ』
これらの指示を実行するには、図書室という学年を問わず自由に出入りできる場所は都合がいい。
しかも、土曜日は午前中授業なので、閉館するまでに時間はたっぷりある。ノートや教科書に細工をする時間もとれるだろう。
指示が途中で変わったのは幸運だった。
『ワインかけろ』だけはメリーはどうしても実行できなかった。
例え婚約者から偽物転生者と言われても、両親の教えはメリーに染みついている。
食べ物を――ワインを無駄にした上にドレスを台無しにする。そんな鬼畜な所業、メリーには絶対的に無理だった。
シャインや子爵令嬢への思いなどとは関係なしに、それはメリーの信条だ。それに背くくらいなら現状維持でも構わない、とすら思っていた。
悪役令嬢様は嬉々として行っていたようだが、もしかしたらメリーのそんな心情を分かったうえで、実行しやすいものへと変えてくれたのかもしれない。
もちろん、その他の指示も決してメリーにとってハードルの低いものではないのだが。
シャインと子爵令嬢は教科書やノートを出して、勉強する準備をしている。風魔法の得意なリキッドに頼み、2人の会話を風に乗せて運んでもらえば、今日は社会の勉強を見てやるらしい。
使わない教科書やノートはとりあえず、といった感じで机の隅へと寄せている。
一番上は数学だ。
転生者は数学などの教科は得意な者が多い。こちらの方が遅れているうえ、共通する部分が多いから、だそうだ。
悪役令嬢様からは教科の指示はされていない。しばらく手に取らないのなら細工するのにちょうどいい。
数学の、ノートと教科書。メリーの狙いは決まった。
あとは人目をどうするか、だ。
先ほどからメリーは準備を進めていた。外には雨が降っている。しかし、正確には雨ではない。メリーが自らの水魔法で降らせているのだ。
図書室は窓が多い。本棚の部分は遮光がされているが、本を読む場所は外からの採光も考えられている。おかげで窓からの見晴らしもいい。
メリーは雨を止めると部長に合図を送る。僅かに頷いた部長は自らの魔力を空に展開させた。
絶妙な加減で、それは窓の外に美しい虹を作った。
部長の魔力は珍しい光属性。初めてそれを聞いたときはオカルトに傾倒しているのにイメージが真逆だ、とメリーは面白く思ったものだ。
しかし、今ではそこまで違和感を感じない。部室で部長にしがみついて泣きじゃくっているときに実感した。
目を閉じて真っ暗ななか、確かに感じる部長の体温は光を感じるものだった。
きっと光も闇も表裏一体なのだと思う。
「うわっ! 虹だ!! キレーだなぁ」
ざわざわざわ。生徒の一人がそれに気が付くと、他の生徒も窓へと群がった。司書の先生までもがあとに続き、突如窓の外に発生した見事な虹に見入っている。
「すごーい! こっちの世界でも虹は前世と……日本と同じなのね」
「へえ! そうなのか。ニホンと……」
はしゃぐ子爵令嬢を連れて、シャインも窓際へと近づいた。
さりげなく子爵令嬢の腰へと手を添えている婚約者はどこか夢心地に見えた。
図書室中の意識が窓の外へと向いているのを確認し――メリーは子爵令嬢の教科書とノートを持ち去った。
(さあ、ここからは時間との闘いよ!)
タイムリミットは図書室の閉館まで。メリーは協力者である部長とリキッドと共に、部室へと向かった。
ノートを別のノートにコピーする。そう言ったとき、何もそんな面倒なことをしなくても、と部長が言った。
しかしメリーは譲れない。
悪役令嬢様の指示は実行する。でも、子爵令嬢を傷つけたいわけじゃないのだ。
だから、一生懸命とったノートを破られたことに、本人が気が付かなければそれが一番いい。
部室に戻るとメリーは子爵令嬢のノートを破った。
破ったノートを新しく買ったノートに挟み、下から部長の光魔法で彼女の筆跡を透かしてもらってその場所に水魔法でインクを乗せた。
転生者は貴族、平民問わず学用品は購買部から支給される。そのお陰で同じノートを手に入れるのは簡単なのだ。筆跡さえ変わらなければ、偽物と入れ替えてしまえば、本物を破られたことに気が付かないだろう。
唯一の難点はインクの渇きの遅さだが、これは再びリキッドに協力してもらった。
リキッドの風魔法に、悪役令嬢様のお陰で使える火魔法の熱を僅かに加えて、温風で乾かした。
原本のノートの使われていない部分の真っ白い紙も念の為にと流れ作業の中で挟んでいったのでにじみもない。
ふと思いついて、落書きの指示も同時に終わらせることにした。
にじみ防止に挟んでいた元のノートの残骸。これに、シャインと子爵令嬢の名前を書いた。代表的な落書きだと聞いているから、これで問題ないはずだ。
見守っていた部長が何とも言えない顔をしていたが、何も言ってこないところをみるとこれでいいのだろう、メリーはそう判断した。
新しく出来上がったノートに、書いた落書きを挟み込む。
あとは、コレを元の場所に戻し、とった教科書をどこかに隠せば終わり。
既に虹は消えているし同じ手は使えない。どうしよう。
メリーが困っていると部長が動いてくれた。知り合いらしいツァールトハイト公爵令息に頼んで、あの2人を図書室から呼び出してくれた。
なんでもお試し夜会の不手際で迷惑をかけた詫びとして、あの日着用したドレスをサイズ直しして贈る、とか何とか理由を付けたらしい。
その隙にノートを元の場所に戻して、ついでに教科書も隠した。僅かに心に痛みは走るが――ここなら隠し場所として最適だろう。
こうして――メリーは全ての指示を実行した。
35
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです
灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。
それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。
その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。
この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。
フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。
それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが……
ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。
他サイトでも掲載しています。

【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。
かのん
恋愛
真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。
けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。
ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん
.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!

婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】平凡な令嬢、マリールイスの婚約の行方【短編】
青波鳩子
恋愛
平凡を自認する伯爵令嬢マリールイスは、格上の公爵家嫡男レイフ・オークランスから『一目惚れをした』と婚約を申し込まれる。
困惑するマリールイスと伯爵家の家族たちは、家族会議を経て『公爵家からの婚約の申し込みは断れない』と受けることを決めた。
そんな中、レイフの友人の婚約パーティに招かれたマリールイスは、レイフから贈られたドレスを身に着けレイフと共に参加する。
挨拶後、マリールイスをしばらく放置していたレイフに「マリールイスはご一緒ではありませんか?」と声を掛けたのは、マリールイスの兄だった。
*荒唐無稽の世界観で書いた話ですので、そのようにお読みいただければと思います。
*他のサイトでも公開しています。

【完結済】恋の魔法が解けた時 ~ 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました ~
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
侯爵令嬢のクラリッサは、幼少の頃からの婚約者であるダリウスのことが大好きだった。優秀で勤勉なクラリッサはダリウスの苦手な分野をさり気なくフォローし、助けてきた。
しかし当のダリウスはクラリッサの細やかな心遣いや愛を顧みることもなく、フィールズ公爵家の長女アレイナに心を移してしまい、無情にもクラリッサを捨てる。
傷心のクラリッサは長い時間をかけてゆっくりと元の自分を取り戻し、ようやくダリウスへの恋の魔法が解けた。その時彼女のそばにいたのは、クラリッサと同じく婚約者を失ったエリオット王太子だった。
一方様々な困難を乗り越え、多くの人を傷付けてまでも真実の愛を手に入れたと思っていたアレイナ。やがてその浮かれきった恋の魔法から目覚めた時、そばにいたのは公爵令息の肩書きだけを持った無能な男ただ一人だった─────
※※作者独自の架空の世界のお話ですので、その点ご理解の上お読みいただけると嬉しいです。
※※こちらの作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる