【完結】降霊術『悪役令嬢様』で婚約者の浮気を相談したら大変なことになりました

堀 和三盆

文字の大きさ
上 下
14 / 34

14 甘えられるひと

しおりを挟む

「あ~よしよし。いいこいいこ」

「ひっく。ぐす。ふえぇ」

「よーしよしよし」


 どのくらいの間そうしていたのだろうか。気が付けばメリーは部長に抱きついていた。

 抱きつかれた部長はバランスを崩して床にしりもちをつく形にはなったが、部長は縋りついて泣きじゃくるメリーをしっかりと抱き留めた。

 声をかけながら、開いた両手で頭や背中を撫でてあやしてくれている。

 緊張とストレスで冷え切っていたメリーの体は人肌によって温められ、止まらない涙を流しながらも心地よい安心感に包まれていた。

 思えば。

 こんな風に大声をあげて泣いたことなど物心がついてからは一度もなかった。

 メリーの周囲は転生者ばかりだったから、皆が幼いうちから道理をわきまえた行動を取っていて、いつの間にかメリーもそのように行動していた。

 だから我が儘を言ったこともなければ、こんな風に感情のままに泣きわめくこともなかった。

 それは親に対しても同じだ。

 感情豊かに子供らしい我が儘を言う転生者ではない弟を羨ましく思ってはいたが、自分ではできなかった。

 だからせめて弟だけはそのまま育って欲しいと、弟のことを必要以上に甘やかして可愛がっていた自覚はある。


「すいません、部長。子供みたいに泣いたりして」


 泣くだけ泣いて、冷静になったらメリーは段々申し訳なくなってきた。メリーは泣いてスッキリしたけれど、親でもない、兄弟でもない、ただの部活の仲間にこんな風に泣きつかれたって部長は迷惑なだけだろう。


「気にするなって。10代なんて俺からしたら子供だからな。大人の余裕で甘やかしてやる」


 頭を撫でられながら言われて、気付く。部長はメリーとは違いれっきとした転生者だ。

 転生者は見た目と中身が違うから、外見からはその本当の年齢は分からない。年下なのに100歳を超えていることすらあったのだ。

 部長が与えてくれる安心感は、その人生経験の差からくるものなのだろう。


「ありがとうございます部長。おかげさまで落ち着きました。ふふ。部長は、見た目よりもずっと年上だったんですね」

「まあな。これでも20代前半までは生きていたから……って、どうした?」


 会話の途中。温もりの中で穏やかに話していたが、メリーは慌てて部長から離れた。


「あ、いえ。思ったよりもお若いな……と」


 そう、感じたら甘え切っていたのが途端に恥ずかしくなった。周りの空気を読んで大人ぶったからではなく、年頃の女の子としての自然な羞恥心だ。顔に熱が集まる。


「え? 20代なんて10代からしたらおじさんだろ?」

「……小さい頃通っていた転生者学校の中身の平均年齢が58歳だったので」


 それを聞いて、部長は悟る。悪役令嬢様の言う通りだ。いくら外見が同年代の学校に通っていても、それでは子供らしく育つのは無理だろう、と。

 前世、産まれることなく死んだメリーの入学で、平均年齢も随分と下がったに違いない。

 急に距離をとられたことで多少ショックは受けたが、とりあえず、メリーの元気が出たのならばそれでいいと、部長は気持ちを切り替えた。


「――ま、気にするな。泣いたのはお互い様だしな」

「え?」

「タケノコご飯で俺も泣いた。だから、おあいこだ」


 そう、部長がおどけて言うと、目をパチパチと瞬かせた後でメリーが笑った。


「ふふふ。そうですね」




「こほん、落ち着いたのならもう入ってもいいですかね」


 声の方へと目をやれば、部室の出入り口のところにリキッドが所在なさげに立っていた。


「あれ、どこ行ってたんだ?」

「誰かさんが中庭……いえ、寄り道で出遅れて弁当買い損ねたっていうから学園の外まで買いに行ってたんですよ」


 そう言うリキッドの持つ袋からは美味しそうな匂いが漏れてきて――ぐうぅ、とメリーの腹の虫が鳴る。

 思いっきり泣いてスッキリしたせいか、食欲が戻ってきたようだ。


「はい、どうぞ。メリー嬢」

「え。でも、リキッド様。これって部長とリキッド様のお昼御飯ですよね?」


 リキッドから渡されたソレは美味しそうなホットドッグだ。厳密にいえば違う料理らしいが、前世のそれに見た目が近いということで、メリーの家ではそう呼んでいる。

 アツアツはとても美味しいからメリーの好物だった。学園外に買いに行ったというだけあって、すっかりと冷めてしまっているが。


「部長は懐かしの前世グルメでお腹いっぱいでしょうからいいんですよ。ったく。ですよね、部長」

「あ、ああ。もちろん。メリー嬢の弁当食っちゃって悪かったな。代わりといっては何だが遠慮なく食べてくれ」

「あの、私、部長のお陰で食欲が出たんです。部長が美味しそうに食べてくれたから……。だから――ありがとうございます。遠慮なくいただきます」


 冷めていてもホットドッグは美味しかった。両親や同級生の影響で前世の料理に親しんでいるとはいえ、こっちの世界の食べ物もメリーにとっては同じくらいなじみ深いものだ。

 それに何より。


「ったく、仲がいいのはいいですけどドア開けっぱなしで何をしてるんだか。ドアの前で見張っててやったこっちの身にもなってくださいよ」


 ブツブツと何かを言いながらもリキッドも同じホットドッグを食べている。自分のついでにとリキッドがいれてくれたこだわりの紅茶も美味しかった。

 この部室で、このメンバーで楽しく食べるご飯が何より美味しいとメリーは思う。

 それは、長年の婚約者で、唯一の友達といえたシャインと食べる食事より穏やかで心地いい。

 シャインのことは小さい頃から大好きだったけど。

 ずっと一緒にいるものだと思っていたけれど。

 きっと、シャインが求めているのはメリーではない。今日、それがハッキリと分かった。

 お腹がいっぱいになると気分も明るくなる。あちらの料理も、こちらの料理も、メリーは両方大好きだ。

 だからもう、本物だろうが偽物だろうが、そんなのはどうでもいい。どっちだろうと喜んでくれる人がいる。部長もそうだし、今までにも喜んでくれた人はいた。


 でも、シャインには「本物」でないとだめなのだ。


 きっと、シャインにとっての真実の愛の相手はメリーではない。だから決めた。


「部長、リキッド様。私、悪役令嬢様の指示を実行します。それが原因でシャイン様に婚約破棄をされてしまっても構いません。でも――できれば嫌がらせはしたくないんです。だから、私なりに配慮したうえで言われたことをやろうと思います。手伝ってもらえませんか?」


 顔を見合わせる部長とリキッド。しかし、メリーに向き直ると2人とも笑顔で。


「「勿論だ」」


 と言ってくれた。


 そして、メリーが気が付けば。

 つい先ほどまで。真昼間にもかかわらず守るように、纏わりつくように強く感じていた悪役令嬢様の気配が――何事もなかったかのように消えていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」

21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」 そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。 理由は簡単――新たな愛を見つけたから。 (まあ、よくある話よね) 私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。 むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を―― そう思っていたのに。 「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」 「これで、ようやく君を手に入れられる」 王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。 それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると―― 「君を奪う者は、例外なく排除する」 と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!? (ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!) 冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。 ……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!? 自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。

かのん
恋愛
 真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。  けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。 「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。  ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】平凡な令嬢、マリールイスの婚約の行方【短編】

青波鳩子
恋愛
平凡を自認する伯爵令嬢マリールイスは、格上の公爵家嫡男レイフ・オークランスから『一目惚れをした』と婚約を申し込まれる。 困惑するマリールイスと伯爵家の家族たちは、家族会議を経て『公爵家からの婚約の申し込みは断れない』と受けることを決めた。 そんな中、レイフの友人の婚約パーティに招かれたマリールイスは、レイフから贈られたドレスを身に着けレイフと共に参加する。 挨拶後、マリールイスをしばらく放置していたレイフに「マリールイスはご一緒ではありませんか?」と声を掛けたのは、マリールイスの兄だった。 *荒唐無稽の世界観で書いた話ですので、そのようにお読みいただければと思います。 *他のサイトでも公開しています。

【完結済】恋の魔法が解けた時 ~ 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました ~

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 侯爵令嬢のクラリッサは、幼少の頃からの婚約者であるダリウスのことが大好きだった。優秀で勤勉なクラリッサはダリウスの苦手な分野をさり気なくフォローし、助けてきた。  しかし当のダリウスはクラリッサの細やかな心遣いや愛を顧みることもなく、フィールズ公爵家の長女アレイナに心を移してしまい、無情にもクラリッサを捨てる。  傷心のクラリッサは長い時間をかけてゆっくりと元の自分を取り戻し、ようやくダリウスへの恋の魔法が解けた。その時彼女のそばにいたのは、クラリッサと同じく婚約者を失ったエリオット王太子だった。  一方様々な困難を乗り越え、多くの人を傷付けてまでも真実の愛を手に入れたと思っていたアレイナ。やがてその浮かれきった恋の魔法から目覚めた時、そばにいたのは公爵令息の肩書きだけを持った無能な男ただ一人だった───── ※※作者独自の架空の世界のお話ですので、その点ご理解の上お読みいただけると嬉しいです。 ※※こちらの作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

処理中です...