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14 甘えられるひと
しおりを挟む「あ~よしよし。いいこいいこ」
「ひっく。ぐす。ふえぇ」
「よーしよしよし」
どのくらいの間そうしていたのだろうか。気が付けばメリーは部長に抱きついていた。
抱きつかれた部長はバランスを崩して床にしりもちをつく形にはなったが、部長は縋りついて泣きじゃくるメリーをしっかりと抱き留めた。
声をかけながら、開いた両手で頭や背中を撫でてあやしてくれている。
緊張とストレスで冷え切っていたメリーの体は人肌によって温められ、止まらない涙を流しながらも心地よい安心感に包まれていた。
思えば。
こんな風に大声をあげて泣いたことなど物心がついてからは一度もなかった。
メリーの周囲は転生者ばかりだったから、皆が幼いうちから道理をわきまえた行動を取っていて、いつの間にかメリーもそのように行動していた。
だから我が儘を言ったこともなければ、こんな風に感情のままに泣きわめくこともなかった。
それは親に対しても同じだ。
感情豊かに子供らしい我が儘を言う転生者ではない弟を羨ましく思ってはいたが、自分ではできなかった。
だからせめて弟だけはそのまま育って欲しいと、弟のことを必要以上に甘やかして可愛がっていた自覚はある。
「すいません、部長。子供みたいに泣いたりして」
泣くだけ泣いて、冷静になったらメリーは段々申し訳なくなってきた。メリーは泣いてスッキリしたけれど、親でもない、兄弟でもない、ただの部活の仲間にこんな風に泣きつかれたって部長は迷惑なだけだろう。
「気にするなって。10代なんて俺からしたら子供だからな。大人の余裕で甘やかしてやる」
頭を撫でられながら言われて、気付く。部長はメリーとは違いれっきとした転生者だ。
転生者は見た目と中身が違うから、外見からはその本当の年齢は分からない。年下なのに100歳を超えていることすらあったのだ。
部長が与えてくれる安心感は、その人生経験の差からくるものなのだろう。
「ありがとうございます部長。おかげさまで落ち着きました。ふふ。部長は、見た目よりもずっと年上だったんですね」
「まあな。これでも20代前半までは生きていたから……って、どうした?」
会話の途中。温もりの中で穏やかに話していたが、メリーは慌てて部長から離れた。
「あ、いえ。思ったよりもお若いな……と」
そう、感じたら甘え切っていたのが途端に恥ずかしくなった。周りの空気を読んで大人ぶったからではなく、年頃の女の子としての自然な羞恥心だ。顔に熱が集まる。
「え? 20代なんて10代からしたらおじさんだろ?」
「……小さい頃通っていた転生者学校の中身の平均年齢が58歳だったので」
それを聞いて、部長は悟る。悪役令嬢様の言う通りだ。いくら外見が同年代の学校に通っていても、それでは子供らしく育つのは無理だろう、と。
前世、産まれることなく死んだメリーの入学で、平均年齢も随分と下がったに違いない。
急に距離をとられたことで多少ショックは受けたが、とりあえず、メリーの元気が出たのならばそれでいいと、部長は気持ちを切り替えた。
「――ま、気にするな。泣いたのはお互い様だしな」
「え?」
「タケノコご飯で俺も泣いた。だから、おあいこだ」
そう、部長がおどけて言うと、目をパチパチと瞬かせた後でメリーが笑った。
「ふふふ。そうですね」
「こほん、落ち着いたのならもう入ってもいいですかね」
声の方へと目をやれば、部室の出入り口のところにリキッドが所在なさげに立っていた。
「あれ、どこ行ってたんだ?」
「誰かさんが中庭……いえ、寄り道で出遅れて弁当買い損ねたっていうから学園の外まで買いに行ってたんですよ」
そう言うリキッドの持つ袋からは美味しそうな匂いが漏れてきて――ぐうぅ、とメリーの腹の虫が鳴る。
思いっきり泣いてスッキリしたせいか、食欲が戻ってきたようだ。
「はい、どうぞ。メリー嬢」
「え。でも、リキッド様。これって部長とリキッド様のお昼御飯ですよね?」
リキッドから渡されたソレは美味しそうなホットドッグだ。厳密にいえば違う料理らしいが、前世のそれに見た目が近いということで、メリーの家ではそう呼んでいる。
アツアツはとても美味しいからメリーの好物だった。学園外に買いに行ったというだけあって、すっかりと冷めてしまっているが。
「部長は懐かしの前世グルメでお腹いっぱいでしょうからいいんですよ。ったく。ですよね、部長」
「あ、ああ。もちろん。メリー嬢の弁当食っちゃって悪かったな。代わりといっては何だが遠慮なく食べてくれ」
「あの、私、部長のお陰で食欲が出たんです。部長が美味しそうに食べてくれたから……。だから――ありがとうございます。遠慮なくいただきます」
冷めていてもホットドッグは美味しかった。両親や同級生の影響で前世の料理に親しんでいるとはいえ、こっちの世界の食べ物もメリーにとっては同じくらいなじみ深いものだ。
それに何より。
「ったく、仲がいいのはいいですけどドア開けっぱなしで何をしてるんだか。ドアの前で見張っててやったこっちの身にもなってくださいよ」
ブツブツと何かを言いながらもリキッドも同じホットドッグを食べている。自分のついでにとリキッドがいれてくれたこだわりの紅茶も美味しかった。
この部室で、このメンバーで楽しく食べるご飯が何より美味しいとメリーは思う。
それは、長年の婚約者で、唯一の友達といえたシャインと食べる食事より穏やかで心地いい。
シャインのことは小さい頃から大好きだったけど。
ずっと一緒にいるものだと思っていたけれど。
きっと、シャインが求めているのはメリーではない。今日、それがハッキリと分かった。
お腹がいっぱいになると気分も明るくなる。あちらの料理も、こちらの料理も、メリーは両方大好きだ。
だからもう、本物だろうが偽物だろうが、そんなのはどうでもいい。どっちだろうと喜んでくれる人がいる。部長もそうだし、今までにも喜んでくれた人はいた。
でも、シャインには「本物」でないとだめなのだ。
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「部長、リキッド様。私、悪役令嬢様の指示を実行します。それが原因でシャイン様に婚約破棄をされてしまっても構いません。でも――できれば嫌がらせはしたくないんです。だから、私なりに配慮したうえで言われたことをやろうと思います。手伝ってもらえませんか?」
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と言ってくれた。
そして、メリーが気が付けば。
つい先ほどまで。真昼間にもかかわらず守るように、纏わりつくように強く感じていた悪役令嬢様の気配が――何事もなかったかのように消えていた。
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