【完結】降霊術『悪役令嬢様』で婚約者の浮気を相談したら大変なことになりました

堀 和三盆

文字の大きさ
上 下
13 / 34

13 落ち着ける場所

しおりを挟む

「部……長……?」


 振り返れば部長がいた。

 メリーはいつも部長たちと部室で昼食を食べていたから、昼休みに部長がココにいるのは何の不思議もない。

 けれど、そういえばさっきメリーが部室に来たとき部長もリキッドもいなかった。

 どこか別の場所へ昼食を食べに行っていたのだろう。珍しいこともあるものだ、とメリーは思った。

 屋外にでも出ていたのか、少しだけ髪の毛が乱れている。


「なんだ、泣いているのか。どうした、怖いことでもあったのか? あっもしかして泣くほどの怖い話か? 是非聞かせてくれ。ああ、待て。とりあえずお茶でもいれようか」

「……あ……お茶……なら、私……が……」

「そうか? メリー嬢の入れてくれるお茶は上手いからな。俺の分も頼む」




 いつもの部室でいつも通りに。いつものように部長にお茶を入れていたらメリーは落ち着いてきた。


「あーうまいな。ん? 弁当なんで2つもあるんだ?」

「あ、これは……」


 婚約者に弁当を作ったこと。
 子爵令嬢と比べられたこと。
 あまり満足してもらえなかったこと。
 いたたまれなくて逃げ出してきたこと。

 大好きなお茶を飲んで落ち着いたおかげか、大まかにではあるが冷静に話が出来た。

 部長は時折怖い顔で不穏な空気を出していたが、最後までメリーの話を聞いてくれた。


「――で、部室で食べようと帰ってきたんだな」

「あ、いえ。それが食欲無くて……無駄にするのも気が引けるんですが」

「くれ」

「え」

「タケノコご飯……煮物……そんなの聞いたら我慢できるわけないだろう!」


 部長の目は弁当箱にくぎ付けだった。そういえば、うどんの話をしたときも食いついていたな、とメリーは思い出す。

 あの後、約束通りうどんを差し入れて部室で一緒に食べたら大袈裟なくらい喜んでくれた。

 シャインには不評だったが、この弁当も部長なら邪険にされることもないかもしれない。

 正直、自分用だからと少し見栄えが微妙な物が入っている。具体的には足のとれたタコさんウインナーとか。それでも構わないと言われたのでメリーは渡すことにした。

 心苦しくはあるが、無駄にするよりはずっといい。

 いただきます、そう言うと部長はすごい勢いで食べだした。
 そして。


「……ぐす」


 泣いた。




「ちょ……部長、泣くほどまずかったですか!?」


 焦るメリー。やはり食べさせるべきではなかったかと弁当箱を取り返そうとすれば。


「いや、うまい! うますぎて!!」


 取られまいと部長はお行儀悪く弁当箱を抱え込む。


「だって、手作りのタケノコご飯なんて十何年ぶりなんだよ。あっちで一人暮らししてた時だって滅多に食えなかったのに」

「え? 向こうのメニューなのに?」


 意外な言葉にメリーは驚く。


「そりゃそうだ。転生前は親元離れて1人暮らしだったけど、外食ばっかするわけいかないし、タケノコご飯なんて面倒なモノ自分じゃ作れなかったからな。タケノコなんて、下処理メチャクチャ面倒だろう。親元で食べたのが最後かな。あーこの、食感がたまらない」


 シャクシャクシャク。口内の音に耳を澄ませるように目を閉じて食感を楽しむ部長。本気で言ってくれているのが分かる。


「知りませんでした。向こうのメニューなんだから転生者なら誰でも普通に作れるものかと思っていました」

「そんなわけない。前世の実家の母親だって、ご近所からタケノコいただいたから処理しなきゃ―って、嬉しくはあるけど嫌々やっていたくらいだから。まあ、俺は出来上がりを食べていただけだから偉そうなことは言えないけど。メリー嬢も弁当にタケノコご飯なんて朝から大変だったんじゃないか」

「あ、いえ。家では領地で旬に採れた物を下処理だけして状態保存庫に保管しているんです。すぐに使えるようにしてあるのでそんなに手間ではありません」

「あー考えたな。こっちとあっちのいいとこどりだ。冷凍や真空パックだと生と比べるとどうしても味は落ちるが、魔法で状態保存をかけておけば新鮮な状態で保管できるからな。こちらを基準にした上であちらを受け入れているメリー嬢ならではの自然な発想だな」


 うんうん、と頷きつつ部長はメリーのいれたお茶も飲む。合うわーと心底幸せそうな声はとても優しい。


「いいとこどり……」


 何故だろう。部長の言葉はいつもメリーを元気づけてくれる。

 あちらの記憶がない分、メリーはこちらを基準にせざるを得なかった。しかし教育はあちらを基準にしている。

 だから、転生者としても、こちらの貴族としても中途半端。ずっと肩身が狭かった。

 でも、そんなメリーだからこそいいとこどりができる……?

 会話している間も美味しそうに食べ進める部長。縋るようにそれを見ていたメリーは、卵焼きにフォークを突き刺す部長を見て固まった。


 しょっぱい。これは少し違う。ガッカリ。


 シャインに言われた言葉が思い出されて、途端に体が冷えてくる。まるで冷水でも被ったように寒くて堪らない。

 本物を知らないメリー。偽物のメリー。

 部長にまでそう思われたらどうしよう。そう思い、止めようとしたが声が出ない。

 ニセモノの卵焼きはあっという間に部長の口の中へと消えた。そして。


「うん、うまい。出汁巻き卵はご飯が進むな~」


 部長は美味しそうに最後のタケノコご飯を食べきると、御馳走様、とフォークを置いた。


「卵焼き……」

「ん? うまかったよ」

「しょっぱい……のに、いいんですか?」

「ごはん進むよな」

「ニセモノ――なのに……いいの?」

「え?」


 冷えた体からは震える声しか出ない。どういうことだ、と聞かれても記憶が生々しすぎて喉が言葉の邪魔をする。

 ようやく絞り出される声は途切れ途切れなうえ要領を得ない。それでも部長はメリーをせかさず辛抱強く言葉を待って聞いてくれた。

 ふと気が付けば正面で弁当を食べていたはずの部長はメリーの隣へと移動していて、優しく背中を撫でてくれている。

 その手のぬくもりがだんだんとメリーの背中に広がっていく。


 甘い卵焼きが本物。メリーが作る、しょっぱいのは偽物。


 事情を聞き終えた部長はまたもや少し不穏な空気を発していたが、ふーっと小さく息を吐くと諭すように言った。


「いや、そんなの家庭によって違って当然だろう」

「そう……なん、ですか……?」

「ああ。前世では、ウチは半々だった」

「……半々?」

「妹が甘いのが好きで、俺はしょっぱいのが好きだった。だから、ケンカにならないように両方、半分ずつ入ってた」

「半分ずつ……」


 それは、流石に見分けがつかなくて困るのでは、とメリーは思った。


「ウチではそれが当たり前だったから、どっちも思い出深いし懐かしい。久々にそれが食べられて、俺は泣くほど嬉しかった。個人の好みの問題だから――それに、本物も偽物もないんだよ」


 本物も偽物もない――。


 そう、言われた瞬間。





「うわああああああん!」

 ずっと張りつめていたメリーの緊張の糸がぷつりと切れた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。

かのん
恋愛
 真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。  けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。 「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。  ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【完結】平凡な令嬢、マリールイスの婚約の行方【短編】

青波鳩子
恋愛
平凡を自認する伯爵令嬢マリールイスは、格上の公爵家嫡男レイフ・オークランスから『一目惚れをした』と婚約を申し込まれる。 困惑するマリールイスと伯爵家の家族たちは、家族会議を経て『公爵家からの婚約の申し込みは断れない』と受けることを決めた。 そんな中、レイフの友人の婚約パーティに招かれたマリールイスは、レイフから贈られたドレスを身に着けレイフと共に参加する。 挨拶後、マリールイスをしばらく放置していたレイフに「マリールイスはご一緒ではありませんか?」と声を掛けたのは、マリールイスの兄だった。 *荒唐無稽の世界観で書いた話ですので、そのようにお読みいただければと思います。 *他のサイトでも公開しています。

【完結済】恋の魔法が解けた時 ~ 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました ~

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 侯爵令嬢のクラリッサは、幼少の頃からの婚約者であるダリウスのことが大好きだった。優秀で勤勉なクラリッサはダリウスの苦手な分野をさり気なくフォローし、助けてきた。  しかし当のダリウスはクラリッサの細やかな心遣いや愛を顧みることもなく、フィールズ公爵家の長女アレイナに心を移してしまい、無情にもクラリッサを捨てる。  傷心のクラリッサは長い時間をかけてゆっくりと元の自分を取り戻し、ようやくダリウスへの恋の魔法が解けた。その時彼女のそばにいたのは、クラリッサと同じく婚約者を失ったエリオット王太子だった。  一方様々な困難を乗り越え、多くの人を傷付けてまでも真実の愛を手に入れたと思っていたアレイナ。やがてその浮かれきった恋の魔法から目覚めた時、そばにいたのは公爵令息の肩書きだけを持った無能な男ただ一人だった───── ※※作者独自の架空の世界のお話ですので、その点ご理解の上お読みいただけると嬉しいです。 ※※こちらの作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

処理中です...