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13 落ち着ける場所
しおりを挟む「部……長……?」
振り返れば部長がいた。
メリーはいつも部長たちと部室で昼食を食べていたから、昼休みに部長がココにいるのは何の不思議もない。
けれど、そういえばさっきメリーが部室に来たとき部長もリキッドもいなかった。
どこか別の場所へ昼食を食べに行っていたのだろう。珍しいこともあるものだ、とメリーは思った。
屋外にでも出ていたのか、少しだけ髪の毛が乱れている。
「なんだ、泣いているのか。どうした、怖いことでもあったのか? あっもしかして泣くほどの怖い話か? 是非聞かせてくれ。ああ、待て。とりあえずお茶でもいれようか」
「……あ……お茶……なら、私……が……」
「そうか? メリー嬢の入れてくれるお茶は上手いからな。俺の分も頼む」
いつもの部室でいつも通りに。いつものように部長にお茶を入れていたらメリーは落ち着いてきた。
「あーうまいな。ん? 弁当なんで2つもあるんだ?」
「あ、これは……」
婚約者に弁当を作ったこと。
子爵令嬢と比べられたこと。
あまり満足してもらえなかったこと。
いたたまれなくて逃げ出してきたこと。
大好きなお茶を飲んで落ち着いたおかげか、大まかにではあるが冷静に話が出来た。
部長は時折怖い顔で不穏な空気を出していたが、最後までメリーの話を聞いてくれた。
「――で、部室で食べようと帰ってきたんだな」
「あ、いえ。それが食欲無くて……無駄にするのも気が引けるんですが」
「くれ」
「え」
「タケノコご飯……煮物……そんなの聞いたら我慢できるわけないだろう!」
部長の目は弁当箱にくぎ付けだった。そういえば、うどんの話をしたときも食いついていたな、とメリーは思い出す。
あの後、約束通りうどんを差し入れて部室で一緒に食べたら大袈裟なくらい喜んでくれた。
シャインには不評だったが、この弁当も部長なら邪険にされることもないかもしれない。
正直、自分用だからと少し見栄えが微妙な物が入っている。具体的には足のとれたタコさんウインナーとか。それでも構わないと言われたのでメリーは渡すことにした。
心苦しくはあるが、無駄にするよりはずっといい。
いただきます、そう言うと部長はすごい勢いで食べだした。
そして。
「……ぐす」
泣いた。
「ちょ……部長、泣くほどまずかったですか!?」
焦るメリー。やはり食べさせるべきではなかったかと弁当箱を取り返そうとすれば。
「いや、うまい! うますぎて!!」
取られまいと部長はお行儀悪く弁当箱を抱え込む。
「だって、手作りのタケノコご飯なんて十何年ぶりなんだよ。あっちで一人暮らししてた時だって滅多に食えなかったのに」
「え? 向こうのメニューなのに?」
意外な言葉にメリーは驚く。
「そりゃそうだ。転生前は親元離れて1人暮らしだったけど、外食ばっかするわけいかないし、タケノコご飯なんて面倒なモノ自分じゃ作れなかったからな。タケノコなんて、下処理メチャクチャ面倒だろう。親元で食べたのが最後かな。あーこの、食感がたまらない」
シャクシャクシャク。口内の音に耳を澄ませるように目を閉じて食感を楽しむ部長。本気で言ってくれているのが分かる。
「知りませんでした。向こうのメニューなんだから転生者なら誰でも普通に作れるものかと思っていました」
「そんなわけない。前世の実家の母親だって、ご近所からタケノコいただいたから処理しなきゃ―って、嬉しくはあるけど嫌々やっていたくらいだから。まあ、俺は出来上がりを食べていただけだから偉そうなことは言えないけど。メリー嬢も弁当にタケノコご飯なんて朝から大変だったんじゃないか」
「あ、いえ。家では領地で旬に採れた物を下処理だけして状態保存庫に保管しているんです。すぐに使えるようにしてあるのでそんなに手間ではありません」
「あー考えたな。こっちとあっちのいいとこどりだ。冷凍や真空パックだと生と比べるとどうしても味は落ちるが、魔法で状態保存をかけておけば新鮮な状態で保管できるからな。こちらを基準にした上であちらを受け入れているメリー嬢ならではの自然な発想だな」
うんうん、と頷きつつ部長はメリーのいれたお茶も飲む。合うわーと心底幸せそうな声はとても優しい。
「いいとこどり……」
何故だろう。部長の言葉はいつもメリーを元気づけてくれる。
あちらの記憶がない分、メリーはこちらを基準にせざるを得なかった。しかし教育はあちらを基準にしている。
だから、転生者としても、こちらの貴族としても中途半端。ずっと肩身が狭かった。
でも、そんなメリーだからこそいいとこどりができる……?
会話している間も美味しそうに食べ進める部長。縋るようにそれを見ていたメリーは、卵焼きにフォークを突き刺す部長を見て固まった。
しょっぱい。これは少し違う。ガッカリ。
シャインに言われた言葉が思い出されて、途端に体が冷えてくる。まるで冷水でも被ったように寒くて堪らない。
本物を知らないメリー。偽物のメリー。
部長にまでそう思われたらどうしよう。そう思い、止めようとしたが声が出ない。
ニセモノの卵焼きはあっという間に部長の口の中へと消えた。そして。
「うん、うまい。出汁巻き卵はご飯が進むな~」
部長は美味しそうに最後のタケノコご飯を食べきると、御馳走様、とフォークを置いた。
「卵焼き……」
「ん? うまかったよ」
「しょっぱい……のに、いいんですか?」
「ごはん進むよな」
「ニセモノ――なのに……いいの?」
「え?」
冷えた体からは震える声しか出ない。どういうことだ、と聞かれても記憶が生々しすぎて喉が言葉の邪魔をする。
ようやく絞り出される声は途切れ途切れなうえ要領を得ない。それでも部長はメリーをせかさず辛抱強く言葉を待って聞いてくれた。
ふと気が付けば正面で弁当を食べていたはずの部長はメリーの隣へと移動していて、優しく背中を撫でてくれている。
その手のぬくもりがだんだんとメリーの背中に広がっていく。
甘い卵焼きが本物。メリーが作る、しょっぱいのは偽物。
事情を聞き終えた部長はまたもや少し不穏な空気を発していたが、ふーっと小さく息を吐くと諭すように言った。
「いや、そんなの家庭によって違って当然だろう」
「そう……なん、ですか……?」
「ああ。前世では、ウチは半々だった」
「……半々?」
「妹が甘いのが好きで、俺はしょっぱいのが好きだった。だから、ケンカにならないように両方、半分ずつ入ってた」
「半分ずつ……」
それは、流石に見分けがつかなくて困るのでは、とメリーは思った。
「ウチではそれが当たり前だったから、どっちも思い出深いし懐かしい。久々にそれが食べられて、俺は泣くほど嬉しかった。個人の好みの問題だから――それに、本物も偽物もないんだよ」
本物も偽物もない――。
そう、言われた瞬間。
「うわああああああん!」
ずっと張りつめていたメリーの緊張の糸がぷつりと切れた。
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