【完結】降霊術『悪役令嬢様』で婚約者の浮気を相談したら大変なことになりました

堀 和三盆

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11 婚約者とのお茶会

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「ツァールトハイト公爵令息とは親しいのか? 夜会で彼と踊っていたようだが」


 お試し夜会が終わった翌週。

 一カ月ぶりの婚約者とのお茶会で、不機嫌な様子を隠すことなくシャインが言ってきた。

 お茶会が始まってもずっとムスッとして黙っていたが、ようやく口に出したのがそれだ。

 夜会と言われても、正直メリーにはワインを飲んでしまってからの記憶がない。どうやら、メリーの意識レベルが下がると悪役令嬢様が出てくるらしい。

 流石に記憶にございませんはまずい。なので、一応その後にあったことは部長とリキッドから詳しく聞いている。

 該当の令息、及びその他多数と踊ったことも。それに対しての言い訳も部長たちと考えてある。


「いいえ。夜会が初対面です。ただ、同じオカルト研究会の部員なので、主催者だしいい機会だからと、苦手なダンスの練習に協力してくださったのです。私も、部活の後輩の練習に付き合いました。平民では踊ったことのない転生者もいるので、いい練習になるだろうと」

「ああ、なるほど。そういうことか。そういえばずいぶんダンスが上達していたな」

「あー……、その、それは……公爵家のおばあさまが、たまに指導をしてくださって」


 嘘ではない。が、本当ではない。

 来るたびにメリーを心配して指導してくれるのは本当だが、そこまで上達はしていない。

 夜会では素晴らしいダンスを披露したらしいが、それは偏に悪役令嬢様の実力だ。

 悪役令嬢様はメリーよりずっとメリーの体をうまく使えていると思う。


「そうか。その……前から思っていたんだが、オカルト研究会なんてやめて、別の部活に入らないか? ダンスに興味が出たのならダンス部なんてどうだろう。この間の夜会でダンス部の様子を聞いたのだが、なかなか楽しそうだ。なんなら僕も入部してもいいと思っているんだ」


 楽しそうにそう言われて――メリーは子爵令嬢と踊るシャインの姿を鮮明に思い出す。

 まだワインを飲む前だったから、メリーはしっかりと覚えている。

 楽しそうな笑顔と、軽快なダンス。メリーと踊っているときのシャインはあんな顔はしない。

 踊る2人を思い出すだけで胸が痛んだ。

 メリーと踊るシャインは常に周囲の視線を気にしている。そしてメリーを見る目はまるで刃物を扱う子供を見るようだ。

 もし、シャインと共にダンス部へと入ったら、その違いを毎日のように見ることになるのだろうか。

 そんなことを思うだけで少し意識が遠くなる。

 最近はずっとこの調子だった。せっかくの婚約者とのお茶会なのに。

 メリーは大好きな領地のお茶を飲んで意識を保つ。


「申し訳ありませんシャイン様。私、オカルト研究会は辞めません。とても――大切な場所なんです」

「あ……ああ、まあ無理にとは」

「……」

「…………」


 再び無言へと戻ってしまったが、いくら婚約者の頼みとはいえ部活を辞めることはメリーにはできない。転生者学園の入学式で部長に声をかけられてからずっと、あの部室はメリーの居場所なのだ。


 メリーは今でも覚えている。



『君が真実の愛の子のメリー嬢か』

『本読んだよ』

『素敵なお話だったわぁ。メリー様、ぜひお茶会でお話を』

『うちの部活にこないか』

『いや、ここはぜひ生徒会の看板に』


 見知らぬ周りが興味本位にメリーに声をかけるなかで。


『えっ君メリーさんっていうの? 有名な怪談と一緒の名前だね。ぜひウチの部室で怖い話をしないか?』


 そんな風に部長に声をかけられた。

 周りが自分を知っているのに自分は相手を知らない。

 小さい頃からなので慣れているつもりだったが、国中から人が集まる転生者学園の入学式ということもありこの日は人数が多すぎた。

 生徒の半分は転生者以外。しかも、積極的に転生者との交流を図ってくる。

 その中でも目立つ存在のメリーは格好の標的となっていた。

 前世持ちしかいな小等部の転生者学校の比じゃない。声をかけられすぎて、限界だった。

 逃げ出したかったので藁にも縋る思いでメリーは部長について行った。


 まさか、そのまま百物語に突入されるとは思わなかったが。


 次々と披露される部長の話は怖くて――面白くて――悲しくて。ばかばかしいのも、ざまぁなのもあった。

 時間が足りなくて十物語にも届かなかったが、メリーはこの日怖くて眠れなかった。なのに、朝まで一度も自分の境遇についての悩みを思い出さなかった。

 翌日すぐに入部届を出した。

 それから高等部へと進んだ今も、同じ部活に在籍しているのだ。婚約者に辞めるように言われても即答で断るくらいに大切な場所になっていることにメリーは驚いた。


「……ふふっ」

「なんだ?」

「いえ。部活は辞められませんが、シャイン様に誘っていただけたのが嬉しくて。夜会ではシャイン様も色々お話されていたようですが、何か収穫はありましたか? 楽しいことはありましたか?」


 そうだなぁ……とシャインは考えだす。幼い頃から続いたお茶会だ。たとえ2人の間の会話が途絶えても、相手が好む話題は分かっている。

 先月は、ダンスが得意な転生令嬢がいるという話だった。メリーは無意識にお茶を飲む。


「今週、初めて『弁当』というのを食べたんだ。夜会でとある令嬢と踊ったんだが、そのお礼にと作ってくれた。慣れない味だが、嬉しかったな」


 そう笑うシャインの言葉に胸がツキリと痛む。

 メリーはシャインが小さい頃からあちらの『弁当』に興味を持っているのを知っていた。だからこそ、いつか作ってあげようと母親から前世の料理を習っていたのだ。

 転生者の同級生相手に覚えたての料理を作ってあげて練習したりもした。

 母親からも合格点をもらえたし、同級生からの評判も良かった。

 これで婚約者を喜ばせてあげられる。そう思っていた。

 しかし。


 ある程度料理ができるようになったころ。

 シャインが先ぶれなく突然家に遊びに来てくれたことがあった。そのときたまたまメリーは夕食用にとうどんを打っていて、それを見たシャインに食べたいと言われた。

 メリーは喜んで御馳走したのだが――大半を残された。


「なんて食べづらい。本当に向こうの食べ物なのか? まあ、君は転生者とは言っても偽物だから。家族はともかく人に作るのは止めた方がいい」


 そう言われ、全ての自信がなくなった。

 結局、楽しみにしていた婚約者への弁当作りも実行できぬまま、彼のお気に入りの相手に先を越されてしまった――。


 別の令嬢に弁当を作ってもらったと笑顔で話す婚約者。


 ……言われるまでもなくメリーはそれを知っていた。部室から、彼らが逢引する中庭のベンチはよく見えるから。

 仄かに顔を染めて――箸が使えず食べさせてもらっているシャインの様子は最後まで見ていられなかったけれど。

 昼間でもメリーが意識を失うようになったのはそれを見てからだった。

 最近どんどん悪役令嬢様でいる時間が長くなっている。

 このままではいけない。
 どうにかしないと大変なことになる。

 メリー自身もそれは分かっている。
 なのに、部活でも、夜会でも。問題解決のために積極的に動いているのは周りの人ばかり。メリー自身のことなのに、自分だけがなにも努力をしていない。

 悪役令嬢様の指示をどうするか。
 メリーはどうしたいのか。

 それを考えるためにも、メリーは自分で行動しなくてはならない。そう思った。

 だから。

 お茶を一口飲んで、カップを戻すとメリーは言った。


「シャイン様。実は、私も母から習って向こうのお料理の勉強をしているのです。次の月曜日にシャイン様にお弁当を作るので、私の作ったお弁当も食べていただけませんか?」

「君が? 僕に弁当を?」

「はい。初めてお会いしたときに、私の母が用意したお弁当を褒めてくださいましたよね。あれからずっと、シャイン様のために練習していたんです」

「へえ……覚えていてくれたのか! うん、嬉しいよ。ぜひお昼に一緒に食べよう」


 そう言ってお日様を浴びてキラキラと笑うシャインを見て、幼い頃の、楽しかった思い出が蘇る。


(シャイン様は昔から白いご飯が苦手だから、最初から味が付いたものがいいわね。お箸が使えないからスプーン……いえ、おかずもあるからフォークの方が食べやすいわ。そうだ、領地で採れたタケノコが状態保存庫に残っていたはず。高級食材だし、タケノコご飯にして新茶と一緒に召し上がってもらおう。おかずはやっぱり……)


 喜んでくれるかしら……と、考え出すと止まらない。思考が久しぶりにクリアになる。


 昼休み。手作りの弁当を囲んでの婚約者との楽しいひととき。小さい頃からひそかに夢見てきた幸せな未来を想像し――。


 メリーも自然に笑顔になった。




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