【完結】降霊術『悪役令嬢様』で婚約者の浮気を相談したら大変なことになりました

堀 和三盆

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9 悪役令嬢様の手助け

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「おほほほほ、上手に彼女を再現できていたと思うのだけれど。いつ気が付いたのかしら?」

 メリーだったものが外見はそのままに洗練された動きに切り替わる。彼女と親しければ親しいほど、その堂々とした態度からは元の彼女を思い起こすことが難しいだろう。


「酒をしっかり『一口』飲んでいただろう。メリー嬢だったら、それで普通に歩けているのがそもそもおかしい。悪役令嬢様も『お・の・み・な・さ・い』で無理やり彼女に酒を飲ませたことがあるのだから、その後どうなったのかは知っているだろう」

「ああ……。あれね。あの一回だけだったから忘れていたわ。なるほど。お酒に弱い上に、この子随分と甘え癖があるみたいね。たった一人で大人の中で育った弊害かしら?」

「何を言っている? 彼女は小さい頃から転生者学校へ通い、多くの同年代と過ごしていたはずだ」

「『転生者は見た目と中身の年齢が釣り合わない』のは今も昔も変わらない常識でしょうに。貴方こそ何を言っているのかしら。中身が大人ばかりの落ち着いた同級生。そんな中でたった一人、空気を読むのに長けた本当の子供がどんな生活を送っていたのでしょうね?」


 嘲るように言われ――部長はハッとした。


 転生者には二種類いる。産まれた時から記憶がある者と、途中から記憶を取り戻す者だ。事件や事故で命を落とした者は後者が多い。オカルト研究会部長であるエーサンもそれだった。

 前世の死因は交通事故で、20代で命を落とした。そして、10代を少し過ぎたころに馬車で似たような事故に遭い、前世の記憶を取り戻した。

 そのお陰というべきか、子供時代はごく普通に身分に見合った教育を受けていたため、転生者とはいえ特に不自由は感じない。

 一方のメリーは……前者にも後者にも入らない。前世の記憶も経験もない転生者。

 初めて生きる世界で、周りは見た目だけが同年代という特殊な環境に放り込まれる。大人びた転生者たちに囲まれて、どんな子供時代を過ごしたのか。

 メリーの境遇は知っていたはずなのに、悪役令嬢様に指摘されるまでエーサンはまったくそのことに気が付いていなかった。


「お酒でタガが外れた時だけ満たされなかった甘えっこな本性が出ちゃうのね。哀れだわ。まあ、あれは淑女としては致命的だけど。貴方ってば侍従の彼に随分とやきもち妬いていたものね?」


 クスクスクス……と部屋に楽し気な笑い声が響く。


「……別にやきもちなんて焼いていない。メリー嬢はウチの大切な部員だから様子がおかしければ心配して当然だ。あと、リキッドは友人だ」

「あら、そう? 別にいいけど。貴方の正体なんて興味もないし。自由だの平等だの真実の愛だの、昔も今も転生者は厄介ね」

「分かっているなら余計なことはしないでくれ。メリー嬢はただでさえ目立つんだ。変な行動を取って、彼女の評判に傷がつくようなことがあっては困る」

「でも貴方たち、答えを教えてあげたのにちっとも動かないんですもの。ちょうどいい機会だったからわたくしが手を貸して差し上げたのよ」


 ふふん、と笑う姿には悪びれる様子が一切ない。


「余計な気遣いだ」

「そう? 一気にカタをつけて差し上げようとしただけですわ。わたくしも反省しておりますの。『教科書隠せ』だの『ノート破れ』だのイタズラ紛いの指示など出さずに『階段から突き落とせ』と言っていればよかったわ。そうすれば一瞬で終わりましたのに。文字数が多くて面倒くさいからと避けたのが失敗ね」

「とにかく余計な手出しはしないでくれ」

「せっかく彼女にとって最大の難関であろう『ワインかけろ』を済ませて差し上げたのに。でも、確かにこれじゃあメリーが行動したことにはならないわね。では、指示はまだ未達成ということにしましょうか。とはいえ、同じことをやらせるのも興ざめだから、代わりの指示を出しましょう」


 エーサンはひゅっと息を飲む。先ほどまでの会話のせいだろうか。どんな凄惨な指示がでるのかと、つい身構える。


「『落書きしろ』……が新たな指示よ。もちろん、婚約者と浮気相手の件について、ですわよ。ふふふ、できるかしら? いい子ちゃんのこの子にはそれだけでもハードルが高そうだけど」


 ほ……っ、と息を吐くエーサン。

 確かに悪役令嬢様の言う通りではあるが、かなり実現可能な指示になった。過激なことを言っていた割にかなり指示の難易度を下げてきているあたり、悪役令嬢様もメリーのことを気にかけているのかもしれない。


「ただし、その他2つの指示はそのままよ。それくらいはちゃんとやって頂戴な。それと、期限を決めましょう」

「期限?」

「ええ。わたくしもいつまでも付き合ってはいられないわ。そうね……学期末のダンスパーティーの日が最後。日付が変わるまでに実行して頂戴」

「実行できなかったら?」



「『私達』ずっと一緒よ。死が二人を分かつまで」






「ったく、ドア閉め切って何しているんですか! メリー嬢もまた、誤解を生みそうな発言を……って、え? 誰??」


 エーサンの指示で会場を動き回っていたリキッドが戻ってきた。部屋へと入るなり、メリーの変化を一目で見抜く。


「あらあら。また気が付かれてしまったわ。この子、お友達には恵まれているようね。婚約者の彼はまったく気が付いていなかったのに」

「ああ、彼女には我々がついている。だから、今日は引き下がってくれないか?」



「あら……嫌よ。久しぶりの夜会ですもの。楽しみたいわ。それに、わたくしまだ本日中の『一挙解決』も諦めていませんの」



 ひやり。冷たい空気がメリーの周囲を流れた。




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