【完結】降霊術『悪役令嬢様』で婚約者の浮気を相談したら大変なことになりました

堀 和三盆

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7 体調の変化と夜会への招待状

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「部長、リキッド様、お帰りなさい! 隣国はどうでしたか?」

 翌週になって隣国へと旅立った2人は帰ってきた。部室で待っていたメリーはそれを笑顔で出迎える。

 2人が不在のここ一週間。メリーは毎日のように悪役令嬢様とお茶会をしていた。

 それで気付いたこと、直接教えてもらったこと。2人に報告したいことが山ほどあるのだ。

 そして、相談したいことも。


「ああ、オークションで無事に1本だけ手に入れた。ただ、現品が無かったうえ持ち主の国が少々遠いから、輸送に時間がかかる。手元に届くにはもう少しだけ時間がかかりそうだ。メリー嬢の方は変わりないか?」

「それがですね、実は……」


 領地のお茶でも悪役令嬢様を呼び出せたこと。仲良くなったこと。悪役令嬢様は赤が好きで、魚より肉が好き。緑茶と豆大福の組み合わせが大好き。それと……。


「お茶で呼び出すとおかわりも受け入れてもらえる?」

 部長は驚いていた。それはそうだ。ワインの場合は1杯のみで、8回答分。それが、お茶で試してみたら無制限だった。メリーはおしゃべりの中でその理由も聞いている。


「健康のため、だそうですよ。お酒の飲みすぎはよくないからと。だからお茶はいいそうです」

「なるほど……! さすが霊ともなると意識が高いな!」


 新たな発見に目をキラキラさせて喜ぶ部長。

「霊が健康のためって……」納得がいっていないリキッドの声がするが、それは聞こえていないようだ。


「まさか、そんなことになっていたとは。もしかして、ワインはもう必要なかったか? ワインの代わりに緑茶を使えば――」

「あ、いえ。それは、ちょっと無理そうです。ワインで始めた儀式はワインでないと終わらせられないって言われました」

「まさか、それも直接聞いたのか?」

「ええ。部長に経済的負担をおかけするのも悪いからと、悪役令嬢様に相談しました。結果は伴いませんでしたけど」

「そうか。本当に随分と仲良くなったみたいだな。しかし……あくまでも相手が霊だと忘れるな。呼び出したときも最初は友好的だったのに、突然帰ってくれなくなっただろう。いつ、またそうなるか分からない。相手の正体が見えない以上、常に警戒はするべきだ。できれば、そのお茶会とやらも……俺達がいないところでは控えて欲しい」

「あ、それは……大丈夫です。悪役令嬢様の方から、『し・ば・ら・く・む・り』と断られてしまいました」


 先週末の土曜日。部室でいつものようにお茶会を始めたところで急に悪役令嬢様から言われたのだ。前日まではノリノリで会話してくれていたのに、急に距離をとられた感じがしてメリーは寂しくなった。

 しかし、悪役令嬢様はメリーのためなのだと言った。

 もしかして……ここ数日の体調の変化と関係があるのかもしれない。そのことも含めてメリーは部長に相談したかった。

 むしろ、それがあるからこそ相談しないといけないこともある。


「実は……夜になると眠くなるんです」

「? 俺もだが。こっちにはパソコンもラジオもないし」

「いえ、それが……耐え切れないくらいに眠くなって、気がついたら翌日の朝になっていて。寝ている間に自分の知らない行動をとっていることがあるんです」

「知らない行動?」

「やっていない宿題がやってあったりとか、ですね」


 え、いいな。とつぶやいたのはリキッドだ。一方の部長は困惑顔をしている。


 他にも色々と変化があった。最初は寝る時間に眠くなっていたのだ。それが、段々と早まって、今では夕食時に意識を保つことが難しい。

 食べている途中に意識を失って、気がついたら翌日の朝、なんてこともあった。メリーはまったく覚えてはいないが、しっかりと食べきった後、入浴や歯磨きもきちんと済ませているらしい。

 メイドに教えてもらったが、ダンスの練習や読書など、意識のないメリーは結構活発に動いている。勉強していることもあるらしいので宿題はその時にやっているのだろうと思う。

 しかも。


「マナーを褒められるんです……」

「君が!?」

「ええ。食事に、ダンスのレッスン。まるで淑女のお手本のような奇麗な所作だと遊びに来ていた父方の――公爵家のおばあさまからも褒められました」

「……君が!?」

「ええ……私が、です」


 流石に二度も確認されると恥ずかしいが、こればかりは仕方がない。転生者はマナーが苦手な者が多い。どうしても前世の記憶に引っ張られて、気取った行動に「照れ」を感じてしまうからだ。

 そのせいでちょっとふざけてみたり、逆に意識しすぎてぎこちない動きになってしまったりと、問題を抱える生徒は多かった。

 そのうえ、メリーは両親ともに転生者だ。しかも、両親は周りに流されることなく前世の教育方針を貫いているため、前世の記憶や経験のないメリーにも恥ずかしがりな気質は現在進行形でしっかりと継承されている。

 そして、そもそもダンスやマナーなど、両親が重きを置いていないものが子供に伝わるはずもなく――。

 見かねた父方の祖母が心配してメリーを指導しにやってくるようになったくらいだ。そのお陰でどうにかギリギリ見られるようにはなったが、正直まったく足りていない。

 少なくとも、褒められる要素は何もない。

 だからこそ、マナーに厳しい公爵家の祖母が腰を抜かすほどに驚いていたのだ。朝になったら元通りになってしまったと、がっかりさせてしまったが。

 そして。


「突然、箸が使えなくなりました」

「箸? 君の家では使うのか?」

「ええ。料理人に休みをあげるため、我が家は金曜日の夜と土・日は母が料理をするんです。普段の食事では食べられない前世の料理を中心に。それで、我が家では毎週金曜日はうどんの日って決めていて――」 

「うどん!!!!!」


 妙なところで部長が反応した。目は輝き、唇がわなわなと震えている。
 あ、これは……。メリーは過去の経験からある程度の予測がついた。

「あの……うどん、母が忙しいときは私が打ってるんで、もしよかったら今度作ってきますけど」

「是非!!!」


 やはり。両親、もしくはどちらかが前世持ちの場合はいいが、子供だけが転生者の場合、食事面で渇望を抱えていることが多いらしい。

 メリーの場合、小さい頃から平民・貴族を問わず広く生徒を集めている転生者学校に通っていたため、こういうことはよくあることだった。

 実際、何度か母に習って困っているクラスメイトにあちらの料理を作ってあげたこともある。メリーにしてみれば、それは前世の記憶ではなく、ただのおふくろの味でしかないのだが。

 とにかく、非常に喜ばれるのは経験で知っていた。出汁用に常備してある鰹節も一緒に差し入れるつもりだが、それは別に伝える必要もないだろうとメリーは判断する。
 それよりも。


「……それでですね、夕飯にうどんを出されたとき、私はきょとんとしていたそうです。まるで食べ方が分からないようだったと、翌朝家族から言われました。家族が食べるのを見ながらマネし――こぼしまくっていたそうです」


 正直、メリーはそっちの方がショックだった。

 マナーやダンスを褒められたのは謎ではあったが嬉しかった。しかし、箸が使えるのは唯一メリーが転生者らしいといえるところなのだ。
 この世界に来てから教えられたので前世はまったく関係ないのだが、それでも出来ていたことが出来なくなるのは不安になる。

 それに、母が作ってくれた料理をこぼしたらしいのもつらかった。

 食べ物を粗末にしてはいけない。それも、前世ルールで厳しくしつけられていることだったから。


「それで……結局うどんはどうなったんだ?」

「先に食べ終わった弟が食べさせてくれたそうです。家族からは具合でも悪いのか怪我でもしたのかと心配されて、土・日は箸を使わない料理を作ってくれました。ただ、言われて試してみたのですが、昼間は使えるんですよね。使えないのは、意識を失っているときだけみたいで――どう思います?」

「……完全に体を乗っ取られてるな」

「ですよねー」


 やはり……とメリーはため息をつく。

 ショックではあるが、やはり怖さは感じない。記憶がない分、実感がないのだ。それよりも、差し迫って困ったことがあって、メリーはそちらに気をとられていた。


「実は、婚約者のシャイン様から来週末に夜会の誘いを受けているんです。既に出席の返事は出していますが、夜会ですから……夜、ですよね」


 夕食中にすら意識を保つのが難しい。そんな中での夜のお出かけだ。流石にどうすればいいのかメリーには分からなかった。

 ただ、貴重な婚約者との交流の機会なので、断ることはできるだけ避けたい。


「場所は?」

「ツァールトハイト公爵家です」

「ああ。持ち回りのお試し夜会か」


 メリー達の通う学園には転生者が多いが、それ以外の貴族も多く通っている。転生者は多くの知識を持っているため、交流を深めようと子供を通わせる貴族が多いからだ。

 結果的に寄付金も多く集まり、平民の転生者も経済的な負担なく通うことができる。

 そして、転生者にはあまり馴染みのない夜会や舞踏会の経験をさせるために開かれるのがお試し夜会だ。

 学園に通う高位貴族があちこちで持ち回りで開いていて、本格的ではあるが、あまりマナーはうるさく言われない。あくまでも練習が目的なのだ。マナーに自信のない転生者にとっては非常にありがたい場だった。

 こんな状況でさえなければ。


「大丈夫。誘われてはいないが、あそこになら伝手があるから俺とリキッドも入り込める。何かあっても、俺達でフォローする」


 それを聞いて、メリーはようやく胸をなでおろした。




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