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4 儀式終了の条件
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「「悪役令嬢様、悪役令嬢様。ありがとうございました。どうぞ、お帰りください」」
『ありえませんわ』
「「悪役令嬢様、悪役令嬢様。ありがとうございました。どうぞ、お帰りください」」
『ありえませんわ』
「「悪役令嬢様、悪役令嬢様。ありがとうございました。どうぞ、お帰りください」」
『ありえませんわ』
……悪役令嬢様は頑なだった。残ったワインに状態保存魔法をかけておいたお陰か、瓶に残った分でも呼び出しには応じてもらえたが、一向に帰ってはもらえない。
部長とメリーの2人で悪役令嬢様を呼び出しては帰ってくれるように頼み――拒絶される。
かれこれ3日もそんな不毛なやり取りが続いていた。
この数日でいくつか分かったこともある。
悪役令嬢様を呼び出せるのは1日1回。ワインが減るのは悪役令嬢様が回答したとき。質問に答えてくれるかは悪役令嬢様次第。
そこまでは割と早い段階から分かっていたが、それに加え、1杯のワインで答えてもらえる回答数は8であると判明した。ただし、呼び出すたびにテイスティングはやり直しになるので、実際に質問に答えてもらえるのはその分を差し引いた7回だ。
「まずいな……今日も帰ってもらえなかったら、ワインが尽きる」
悪役令嬢様が帰ってくれなくなってから5日目の放課後。
グラスに最後のワインを注ぎつつ部長が言った。
初日に使ったのが無駄になったおかわり分と合わせて2杯。その後の3日間で3杯使ったから、計5杯分が使用済みだ。
呼び出しに使ったのは希少価値のある高級ワインなので、これを逃すと後がない。にもかかわらず何の解決策も見出せずにいた。
帰ってくれるようにと交渉を始めてからの3日間。最初のうちは律儀に付き合ってくれていた悪役令嬢様も、儀式に飽きてきたのか後半からは遊び始めていた。
帰ってくださいとのお願いに対し、
『もちろんですわ』……に行きかけてからの『ありえませんわ』。
完全に遊ばれている。2人が口を開いただけで金貨が『ありえませんわ』方向へウォーミングアップを始めることもあった。今回も帰ってくれる気はないだろう。
だから一問だって無駄にはできない――のだが。
この3日間で、メリーは迷いを感じていた。悪役令嬢様に帰ってもらえなくて焦ってはいる。しかし、これは当然のことではないか――と思ってしまうのだ。
メリーは転生者だ。しかも、両親共に転生者。だからこそ貴族とはいえ、前世に近い教育方針で育てられてきた。
その最たるものが、
「自分がやられて嫌なことは人にやってはいけない」
――だ。
だからメリーはどうしても考えてしまう。今、やっているのは『悪役令嬢様』を主賓にしたパーティーのようなものだ。
相談事があるからと呼びだしておいて、答えが気に食わないからと追い返そうとしている。そして帰ってくれないからと連日呼び出してはお帰りくださいと言い続ける。
こんな失礼なことはないだろう。自分がやられたら嫌だ、とメリーは思った。
だから。
「あの……部長。今日は最初の質問を私にさせてもらえませんか。悪役令嬢様にお伝えしたいことがあるんです」
「ん? ああ、それは勿論構わない。君が一番被害を受けているのだから、好きなようにやってみるといい」
そうして2人はいつものように悪役令嬢様を呼び出した。
テイスティングを終えると悪役令嬢様は
『し・つ・も・ん・は・?』
と返してきた。 ――残り7回
昨日までならすぐさま帰ってくれるように頼んでいたが、メリーには伝えたいことがある。部長にも許可を取った。
だから。
「悪役令嬢様、悪役令嬢様。こちらの都合で勝手に呼び出しておいて、毎日のように追い返そうとして申し訳ありませんでした。許してくださいますか?」
メリーは素直に謝った。それを見て、驚いた顔を向ける部長。
当然だ。残りのワインを考えたら一問だって無駄にはできないだろう。
それでも、メリーは謝りたかった。貴族として相手に弱みを見せるのはよくないけれど、メリーは転生者だ。悪いことをしたら謝るようにと両親からも教えられてきた。
それは相手が貴族だろうと、平民だろうと変わらない。もちろん霊だって同じだろう。そう判断してのことだ。
ピクリ。金貨が反応する。そして、今までと違う動きを見せる。
ここ数日、どこか投げやりに動いていた金貨が、鳥居代わりに紙に描かれた階段の所をウロウロと8の字に動いている。えー、どうしよっかなー、とでも言いたげに。
勿体ぶってはいるが、決して嫌な感じはしてこない。すねた子供が地面に何か書きながらチラチラと様子を伺っているような感覚を覚えた。
そして。心行くまで動いた後。
『もちろんですわ』
――に、金貨が移動した。 ――残り6回
「良かった……」
安堵したメリーは緊張を解く。自分が、相当に失礼なことをしている自覚があった分、ずっと心が重かったのだ。
そして、そんなメリーを興味深げに見ていた部長が口を開く。
「悪役令嬢様、悪役令嬢様。俺も謝らせてください。失礼な真似をして、申し訳ありませんでした。俺のことも許していただけますか」
ぴくり。金貨が言葉に反応して再び8の字に動き出す。先ほどよりは大袈裟に、ぐるぐると長く回っていたが、やがて再び、
『もちろんですわ』
――へと移動した。 ――残り5回
どことなく張りつめていた場の緊張が和らぐ。
自分の都合で貴重な質問を使わせてもらって申し訳ない気持ちでいたメリーは、自分に合わせてくれた部長に感謝した。
とはいえ、状況は何も変わっていない。残りの質問を有効利用しなくては。
そしてメリーは考えた。今、部長とメリーが求めているのは『悪役令嬢様』を終わらせることだ。しかし、終わらせ方が分からない。ならば。
「悪役令嬢様、悪役令嬢様。どうしたら、お帰りいただけるのか教えてください」
メリーは直接本人に聞いてみることにした。
分からないことは人に聞く。これも、両親からの教えである。
『も・う・い・っ・た』
金貨が動く。 ――残り4回
(もう言った……? って、ことは今までの回答の中に答えがあるのよね。つまり……)
「『わ・い・ん・か・け・ろ』『き・ょ・う・か・し・ょ・か・く・せ』『の・ー・と・や・ぶ・れ』……この3つを実行するまでは帰らない、ということか?」
『もちろんですわ』 ――残り3回
先に答えに行きついた部長が口を開き、それに悪役令嬢様が答える。それを見て、メリーは絶望的な気持ちになった。
ルールでは、悪役令嬢様の指示は絶対だ。だから、メリーは悪役令嬢様に指示されるまま、苦手なワインも飲んだ。しかし、たった今判明した悪役令嬢様が帰ってくれる条件。これは嫌がらせの類だ。
つまり、「相手」がいる。自分が我慢すればいいというものじゃない。
「自分がやられて嫌なこと」を人にやらなければいけないのだ。そして、おそらくその相手は。
「実行する相手は、メリー嬢の婚約者の浮気相手、ヴィオーラ・ホルテンズィー子爵令嬢ですか」
『もちろんですわ』 ――あと2回
「もし――実行しなかったらどうなりますか?」
「メリー嬢!?」
残り2回。余裕がないのは分かっていたが、メリーは聞かずにはいられなかった。
メリーは伯爵令嬢で相手は子爵令嬢。しかも、メリーはシャインの正式な婚約者。身分的にも立場的にも、前述の3つの内容を実行するのは簡単だろう。
しかし、前世の倫理観で育てられたメリーにはとても高いハードルだった。
『ず・っ・と・い・っ・し・ょ』 ――残り1回
つまり、このままの状態が続くということだ。メリーは言葉もなくその回答を見守った。
ここ数日、取り憑かれているとはいっても、さして実感のなかったメリーはあまり怖さは感じない。ただ、部長はそうではなかったようで、その回答に慌てて口を開いた。
「今までだって、似たような質問をしてきた生徒はいただろう。過去には帰ってくれなかった事例もあったが、それでも数日以内には解放してくれていたはずだ。ここ数日調べまわったから間違いない。なのに、何故メリー嬢にだけそんなにこだわる!」
なんと。メリーがぼんやりと過ごしている間にも、部長はメリーが悪役令嬢様から解放される方法を調べてくれていたらしい。メリーはとても心強かった。
しかし、それに対する最後の回答を目にしてメリーは言葉を失った。
『し・ん・じ・つ・の・あ・い』
「真実の愛の子」――それがメリーの代名詞だったから。
『ありえませんわ』
「「悪役令嬢様、悪役令嬢様。ありがとうございました。どうぞ、お帰りください」」
『ありえませんわ』
「「悪役令嬢様、悪役令嬢様。ありがとうございました。どうぞ、お帰りください」」
『ありえませんわ』
……悪役令嬢様は頑なだった。残ったワインに状態保存魔法をかけておいたお陰か、瓶に残った分でも呼び出しには応じてもらえたが、一向に帰ってはもらえない。
部長とメリーの2人で悪役令嬢様を呼び出しては帰ってくれるように頼み――拒絶される。
かれこれ3日もそんな不毛なやり取りが続いていた。
この数日でいくつか分かったこともある。
悪役令嬢様を呼び出せるのは1日1回。ワインが減るのは悪役令嬢様が回答したとき。質問に答えてくれるかは悪役令嬢様次第。
そこまでは割と早い段階から分かっていたが、それに加え、1杯のワインで答えてもらえる回答数は8であると判明した。ただし、呼び出すたびにテイスティングはやり直しになるので、実際に質問に答えてもらえるのはその分を差し引いた7回だ。
「まずいな……今日も帰ってもらえなかったら、ワインが尽きる」
悪役令嬢様が帰ってくれなくなってから5日目の放課後。
グラスに最後のワインを注ぎつつ部長が言った。
初日に使ったのが無駄になったおかわり分と合わせて2杯。その後の3日間で3杯使ったから、計5杯分が使用済みだ。
呼び出しに使ったのは希少価値のある高級ワインなので、これを逃すと後がない。にもかかわらず何の解決策も見出せずにいた。
帰ってくれるようにと交渉を始めてからの3日間。最初のうちは律儀に付き合ってくれていた悪役令嬢様も、儀式に飽きてきたのか後半からは遊び始めていた。
帰ってくださいとのお願いに対し、
『もちろんですわ』……に行きかけてからの『ありえませんわ』。
完全に遊ばれている。2人が口を開いただけで金貨が『ありえませんわ』方向へウォーミングアップを始めることもあった。今回も帰ってくれる気はないだろう。
だから一問だって無駄にはできない――のだが。
この3日間で、メリーは迷いを感じていた。悪役令嬢様に帰ってもらえなくて焦ってはいる。しかし、これは当然のことではないか――と思ってしまうのだ。
メリーは転生者だ。しかも、両親共に転生者。だからこそ貴族とはいえ、前世に近い教育方針で育てられてきた。
その最たるものが、
「自分がやられて嫌なことは人にやってはいけない」
――だ。
だからメリーはどうしても考えてしまう。今、やっているのは『悪役令嬢様』を主賓にしたパーティーのようなものだ。
相談事があるからと呼びだしておいて、答えが気に食わないからと追い返そうとしている。そして帰ってくれないからと連日呼び出してはお帰りくださいと言い続ける。
こんな失礼なことはないだろう。自分がやられたら嫌だ、とメリーは思った。
だから。
「あの……部長。今日は最初の質問を私にさせてもらえませんか。悪役令嬢様にお伝えしたいことがあるんです」
「ん? ああ、それは勿論構わない。君が一番被害を受けているのだから、好きなようにやってみるといい」
そうして2人はいつものように悪役令嬢様を呼び出した。
テイスティングを終えると悪役令嬢様は
『し・つ・も・ん・は・?』
と返してきた。 ――残り7回
昨日までならすぐさま帰ってくれるように頼んでいたが、メリーには伝えたいことがある。部長にも許可を取った。
だから。
「悪役令嬢様、悪役令嬢様。こちらの都合で勝手に呼び出しておいて、毎日のように追い返そうとして申し訳ありませんでした。許してくださいますか?」
メリーは素直に謝った。それを見て、驚いた顔を向ける部長。
当然だ。残りのワインを考えたら一問だって無駄にはできないだろう。
それでも、メリーは謝りたかった。貴族として相手に弱みを見せるのはよくないけれど、メリーは転生者だ。悪いことをしたら謝るようにと両親からも教えられてきた。
それは相手が貴族だろうと、平民だろうと変わらない。もちろん霊だって同じだろう。そう判断してのことだ。
ピクリ。金貨が反応する。そして、今までと違う動きを見せる。
ここ数日、どこか投げやりに動いていた金貨が、鳥居代わりに紙に描かれた階段の所をウロウロと8の字に動いている。えー、どうしよっかなー、とでも言いたげに。
勿体ぶってはいるが、決して嫌な感じはしてこない。すねた子供が地面に何か書きながらチラチラと様子を伺っているような感覚を覚えた。
そして。心行くまで動いた後。
『もちろんですわ』
――に、金貨が移動した。 ――残り6回
「良かった……」
安堵したメリーは緊張を解く。自分が、相当に失礼なことをしている自覚があった分、ずっと心が重かったのだ。
そして、そんなメリーを興味深げに見ていた部長が口を開く。
「悪役令嬢様、悪役令嬢様。俺も謝らせてください。失礼な真似をして、申し訳ありませんでした。俺のことも許していただけますか」
ぴくり。金貨が言葉に反応して再び8の字に動き出す。先ほどよりは大袈裟に、ぐるぐると長く回っていたが、やがて再び、
『もちろんですわ』
――へと移動した。 ――残り5回
どことなく張りつめていた場の緊張が和らぐ。
自分の都合で貴重な質問を使わせてもらって申し訳ない気持ちでいたメリーは、自分に合わせてくれた部長に感謝した。
とはいえ、状況は何も変わっていない。残りの質問を有効利用しなくては。
そしてメリーは考えた。今、部長とメリーが求めているのは『悪役令嬢様』を終わらせることだ。しかし、終わらせ方が分からない。ならば。
「悪役令嬢様、悪役令嬢様。どうしたら、お帰りいただけるのか教えてください」
メリーは直接本人に聞いてみることにした。
分からないことは人に聞く。これも、両親からの教えである。
『も・う・い・っ・た』
金貨が動く。 ――残り4回
(もう言った……? って、ことは今までの回答の中に答えがあるのよね。つまり……)
「『わ・い・ん・か・け・ろ』『き・ょ・う・か・し・ょ・か・く・せ』『の・ー・と・や・ぶ・れ』……この3つを実行するまでは帰らない、ということか?」
『もちろんですわ』 ――残り3回
先に答えに行きついた部長が口を開き、それに悪役令嬢様が答える。それを見て、メリーは絶望的な気持ちになった。
ルールでは、悪役令嬢様の指示は絶対だ。だから、メリーは悪役令嬢様に指示されるまま、苦手なワインも飲んだ。しかし、たった今判明した悪役令嬢様が帰ってくれる条件。これは嫌がらせの類だ。
つまり、「相手」がいる。自分が我慢すればいいというものじゃない。
「自分がやられて嫌なこと」を人にやらなければいけないのだ。そして、おそらくその相手は。
「実行する相手は、メリー嬢の婚約者の浮気相手、ヴィオーラ・ホルテンズィー子爵令嬢ですか」
『もちろんですわ』 ――あと2回
「もし――実行しなかったらどうなりますか?」
「メリー嬢!?」
残り2回。余裕がないのは分かっていたが、メリーは聞かずにはいられなかった。
メリーは伯爵令嬢で相手は子爵令嬢。しかも、メリーはシャインの正式な婚約者。身分的にも立場的にも、前述の3つの内容を実行するのは簡単だろう。
しかし、前世の倫理観で育てられたメリーにはとても高いハードルだった。
『ず・っ・と・い・っ・し・ょ』 ――残り1回
つまり、このままの状態が続くということだ。メリーは言葉もなくその回答を見守った。
ここ数日、取り憑かれているとはいっても、さして実感のなかったメリーはあまり怖さは感じない。ただ、部長はそうではなかったようで、その回答に慌てて口を開いた。
「今までだって、似たような質問をしてきた生徒はいただろう。過去には帰ってくれなかった事例もあったが、それでも数日以内には解放してくれていたはずだ。ここ数日調べまわったから間違いない。なのに、何故メリー嬢にだけそんなにこだわる!」
なんと。メリーがぼんやりと過ごしている間にも、部長はメリーが悪役令嬢様から解放される方法を調べてくれていたらしい。メリーはとても心強かった。
しかし、それに対する最後の回答を目にしてメリーは言葉を失った。
『し・ん・じ・つ・の・あ・い』
「真実の愛の子」――それがメリーの代名詞だったから。
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