大賢者様の聖図書館

櫻井綾

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第3章 美しき華炎の使者

182.花咲く庭で

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「……と、言う訳なのですが、いかがでしょうか?大賢者殿」

「うーん、なるほどね。確かに上手い落とし所だとは思うけど……」



 焔さんと国王陛下が話している声を、磨き抜かれた床を眺めながらぼんやり聞き流していた。

 今日は、国王陛下から呼び出された焔さんの付き添いで、王城に来ている。

 人払いがされた謁見の間で、段上からおりてきた陛下と焔さんは、用意された椅子に腰掛け、向かい合って話し合いをしていた。

 私は椅子に座る焔さんの背後に、控えるように立っている。

 焔さんが最初、用意された椅子に自分より私を座らせようとするから、辞退するのに大変だった。

 立っているのは苦ではない、が……話し合いは少し、長引いているようだった。

 話題は、妖精の使節団の行動範囲について。

 あの妖精達はどうも、焔さんが妖精の国へ同行することを承諾するまで、本気で居座る気満々のようだ。

 この国に滞在している間、人間の国について学びたいというのを理由に、城下への外出や施設の利用許可を要請しているらしい。

 妖精と言えばやはり、思い出すのは、私の名前を聞いてきたフェイン=ルファンと、先日城で一悶着あった、あの失礼な青い妖精だ。

 国王陛下の話によれば、彼らは、リブラリカにも来たいと言っているらしいが……。

 まぁ、先日のあの騒ぎもある。

 焔さんもあの時、国王に掛け合うと言ったことだし、リブラリカが関係することなら、いくらお城嫌いの焔さんでも、話し合いを断るわけにもいかないか。



「――ああ、リリー」

「!はいっ!」



 ぼんやりと考え事をしている最中に、焔さんから名前を呼ばれて我に返る。

 すっぽりとフードを被った焔さんが、椅子越しにこちらを振り返っていた。



「少し話が長引きそうだ。ロイアーの所に行っておいで」

「えっ……ですが……」



 それは嬉しいけれど、自分は焔さんの付き添いで来ているのに……。

 戸惑う私に、国王陛下と、同席しているライオット王子までも頷いた。



「そうじゃな。可愛らしい令嬢を立たせておくというのも心苦しい。秘書殿さえよければ、ロイアー令嬢の話し相手をしてきてはくれまいか?」

「彼女も会いたがっていたよ、リリー」



 ライオット王子から、会いたがっていた、なんて言われると……私としても断ることは出来そうにない。



「……マスター」



 小さく呼ぶと、焔さんは再度、フードの陰でにっこり笑ってくれた様だった。



「行ってきなさい。終わる頃、アルトに伝えるから」

「かしこまりました」



 焔さんたちへ、深く礼をする。

 国王陛下が何やら指示すると、近衛兵のひとりが近付いてきて、私とアルトはそのまま、謁見の間から連れ出されたのだった。









 

 案内されたのは、シャーロットが滞在している部屋ではなく、城の中庭のひとつだった。

 さららと流れていった風が、心地良い。

 さっきまで緊張しきりだったから、外の空気と開放感に、良い具合に全身の力が抜けたようだった。



「こちらです、秘書様」

「はい」



 促されるままについて行き、中庭へと足を踏み入れる。

 ふわりと濃厚な、甘い花の匂いがした。

 私の背丈よりも高い生け垣は、まるで迷路のよう。

 案内してくれる近衛騎士は、それでも迷うことなく足を進めていき――。

 目の前が開けたとき、私は思わず感嘆の声を上げていた。



「うわぁ……!」



 開けたその場所は、円形の石畳が敷かれていて、中央に水色の丸屋根が可愛らしい東屋があった。

 目を見張るのは、東屋を囲むようにして咲き乱れる、色とりどりの花たちだ。

 見たところ、薔薇にそっくりなそれは、みな満開に咲き乱れている。

 透けた花びら、幾重にも重なった品種、大きい花に小さい花……。

 圧倒されるほどの華やかな空間の中に、花に負けないほどの鮮やかさを纏って、彼女は静かに、凛と立っていた。



「……リリー?」



 先程の声で気付いたのだろう。

 少し驚いたように目を見張った彼女に、はやる気持ちを抑えながら、足早に歩み寄った。



「シャーロット!」



 気を遣ってくれた近衛騎士さんが、静かに礼をして去っていく。



「ああリリー!いらしてましたのね」

「うん、マスターの付き添いできたの」



 咲き誇る花たちの中で、私たちは互いの手を握り合った。



「こっちへ。座ってお話ししましょう」



 ふたりで腰掛けた東屋のベンチは、大理石で作られていて少し、ひんやりしていた。



「イグニス様の付き添い、ということは……使節の皆様のお話かしら?」

「うん、そうなの。話が長引いているから、シャーロットのところへ行っておいでって、マスターが言ってくれて」

「そうでしたのね」



 初秋の昼下がり。

 近況の報告し合いで話を続ける私の横に、アルトがのびーっと寝そべる。

 くあっと欠伸をして昼寝に入る姿は、とても穏やかで平和な時間を思わせた。

 ――の、だけれど。



「……ん」



 昼寝に入って間もなく、ぴく、とアルトが何かに反応して、ベンチの上で飛び起きる。



「アルト?」

「何かございましたか?」

「……来るぞ」

「え?」



 毛を逆立てる様子に不安になりながら、アルトの睨みつける先に視線を向ける。

 微かな足音がして、生け垣の間から姿を現したのは、綺麗に切り揃えられ、さらりと瑞々しく輝く青い髪。



「あ……」



 あの時の、失礼な妖精だった。

 焔さんからあんなに心配されたのに、また妖精と遭遇してしまった……。

 しかも相手は、ついこの間、頭から水をぶっ掛けてやった相手だ。

 もしかして……あの時の仕返しにでも来たのだろうか。

 少しだけ後退った私の隣で、シャーロットがさっと立ち上がり、庇うように1歩前に出る。

 こちらに気付いた青い妖精は、ずんずんと真っ直ぐに歩いてくると、東屋の前で足を止めた。

 長い前髪で目元が隠れてはいるが、好意的とは思えないような視線を向けられているのを感じる。



「……ご機嫌よう、妖精の使者様。私たちに何かご用でしょうか?」

「ああ……。お前じゃない。そこの女に用がある」

「……私ですか?」



 シャーロットの問いかけに対して、私のほうをじっと睨みつける妖精。

 立ち上がって、彼のほうへと一歩踏み出す。

 前髪の隙間から、ちらりと見えた綺麗な青の瞳に負けたくなくて、こちらも力一杯睨み返した。

 本当に毎度、こんなに失礼な態度を取られると、こちらとしてもあまり友好的に接しようとは思えなくなってくる。



「女、お前の名前は?」

「人に名前を尋ねるのでしたら、ご自分から名乗るのが礼儀では?」



 つい意地の悪い返し方をしてしまったが、青い妖精は悪い笑みを浮かべただけだった。



「はっ……。まあいいだろう。僕はルゥルゥ=クウェーラだ」

「私はリリーと申します」



 変わらず横柄な態度に腹が立つが、にこりと笑んで、軽く一礼して見せた。

 身体を起こした私の前で、ルゥルゥ=クウェーラと名乗った妖精は、腕を組んでふんっと鼻を鳴らす。



「それで、使者様? 私に何か、ご用事ですか」



 笑顔で威嚇しながら、用がないなら帰れと心の中で拳を握る。

 彼は不機嫌そうな態度のまま、ポケットを探ると何かを取り出し、こちらへ拳を突き出してきた。



「……受け取れ」

「はい?」

「いいから、さっさと受け取れ。人間はどんくさいな」



 ちらりと隣のシャーロットを伺うと、こくりと小さく頷き返された。

 肩の上に移動してきたアルトも、ルゥルゥ=クウェーラのほうをじっと睨みつけつつ、頷く。

 アルトが止めないのであれば、おそらく危険なものではないのだろう。

 彼のほうへ数歩歩み寄って、突き出された拳の下へ両手を差し出す。

 ぱっと開かれた彼の拳から、何か小さなものが私の手のひらへと転がり落ちた。



「……この前の、礼だ」



 ぼそ、と呟かれた声は、近づいた私とアルトにしか聞こえなかっただろう。



「人間などに、借りを作りたくはないからな。……用はそれだけだ」



 ぱっと身を離した彼は、そのまま背を向けてまたずんずんと大股に歩いて行く。

 秋の日差しに、彼の背で美しい翅が七色に輝いていた。



「リリー!」

「シャーロット……」



 彼が立ち去ってから、シャーロットが駆け寄ってくる。



「もう、何なのです!失礼な方ですわ……!リリー、平気ですか?」

「あ、うん。大丈夫……」

「貴女からあの方のお話は聞いてましたけど、本当になんて失礼な方かしら! 怖くはありませんでしたけれど、でも……!」



 駆け寄ってきて、ぷんすか怒るシャーロットの声を聞きながら、私は手のひらに乗った「それ」をじっと見つめていた。







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