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第3章 美しき華炎の使者
179.夏の名残の、二つ花<2>
しおりを挟む予想もできないことが起こるなんて、そう珍しいものでもない。
こちらの世界に関わるようになってから、いつの間にか、ため息交じりにこんなことを思うようになってしまった。
夕暮れを待つ、ほんのちょっぴりくすんできた空の下。
リブラリカの中庭にせり出すようにつくられた、一般利用者向けのカフェで、私はミモレとレグルとテーブルを囲んでいた。
ミモレは蕩けるような表情で、またひとくち、ケーキを頬張っている。
「リリーお姉ちゃん!このケーキとてもおいしい……!」
「よかった。ここね、とても評判がいいの」
私も、自分の皿からクリームたっぷりのケーキを一欠片、口へと運ぶ。
たまに食べに来るこのカフェは、いくつもあるメニュー全てがおいしい。
しかしここ最近は、野次馬たちのせいでなかなか来ることができなかった。
久々のケーキの味は絶品で、ミモレのように表情が緩んでしまうのがわかる。
しかし、そんな私たちを紅茶を傾けながら見守るレグルと目が合ってしまい、気まずさにそっと視線をそらしてしまった。
「……えっ、と……」
ふたりとゆっくり話したい、と思ったのは事実。
だけどやはり、告白を断ってしまった手前、レグルと顔を合わせているのは少し気まずい。
何か話題は……。
「あ、そう、それで、ロイアー様に招待されたっていうのは……?」
「うん。私がね、司書になりたいって、おばあさまにお願いしたの」
そう言って頷いたのは、ミモレだ。
おばあさま、というのはおそらく、ロランディアの領主の家で出迎えてくれた、あの老婆のことだろう。
「そうしたら、家業もやる約束で、おばあさまがロイアー様に手紙を出してくれたの」
「その後、リブラリカで学ぶご招待は頂きましたが、彼女はまだ幼いですから。保護者の代理として、私もこちらに来たというわけです」
レグルの補足に、なるほどと納得した。
ミモレは、『ロランディアの魔女』と呼ばれる、ロランディア領主の家系の子供だ。
初代国王ザフィアの生家、ともいわれる家の後継ぎ。
リブラリカで過ごすことは教育にも良いと判断されてのことだろうが、まだ幼い彼女をひとりで首都には、さすがに行かせられなかったのだろう。
今私の隣にいるミモレは、ロランディア村でひとり本を読んでいた時よりも、ずっと楽しそうに見える。
「どのくらいこっちにいるの?」
「えっとね、取りあえず3年の予定なの」
「3年か。結構長く居るんだね」
「司書の試験を受けられるのが、3年後だから。司書になれたら、1度はおばあさまのところに帰らなくちゃいけないけど……」
「そっか」
「でもね!私、頑張るよ!」
一瞬表情を曇らせたミモレだったが、すぐに笑顔に戻ってぐっと拳を握った。
初々しさが伝わってきて、彼女は真剣だというのに、つい可愛いと思ってしまう。
「うん。頑張ってね」
そっと彼女の頭を撫でてあげると、えへへとはにかんだ表情に癒された。
……初めて会った頃は、こんな風に笑う子ではなかった。
あのロランディアでの出来事が、彼女のことも、少し変えたりしたのだろうか。
「私たちがリブラリカに来た理由は、おわかりいただけたと思います。……私は、また貴女の近くで過ごすことができるこの機会を、大変嬉しく思っておりますよ」
レグルの言葉に、びくりと身体が揺れた。
告白は、はっきり断ったはずだけれど……。
戸惑い、咄嗟に返すことができなかった私の横で、ミモレがぴょこんと席を立った。
「もうっ!レグルさんよくないよ!リリーお姉ちゃんは、大賢者様が好きなんだから!」
「はっ!?」
驚きのあまり、声が裏返った。
そんな私を気にもせず、レグルはまた一口、紅茶を飲む。
「それは分かっています。私は、また同じ職場で働けることを嬉しく思っているだけですよ、ミモレ」
「本当に?……お姉ちゃんのこと困らせたら、呪っちゃうんだからね」
「おや怖い。大丈夫、そんなことはありませんから」
呪っちゃうんだから、なんて台詞は、彼女の口から出ると可愛らしく聞こえて、なのに同時に背筋が寒くなる気がしてしまう。
『ロランディアの魔女』が言うと、本気で恐ろしい呪い方をされそうだ。
ミモレだって、まだこんなに若いのに、あれ程凄い魔力の籠もったアクセサリーを作れるのだから――。
と、そこまで考えてはっとした。
「そうだった!ミモレちゃん、これ……この髪留め、本当にありがとう!」
別れの時、彼女にもらった髪留めは、毎日のように身に付けている。
今日もハーフアップにした後ろ頭に輝く、白銀に翠色の宝石が美しいそれに触れる。
ミモレは、照れたように頬を染めてはにかんだ。
「使ってくれていて、嬉しい。それがお姉ちゃんのこと、守ってくれるといいなと思って」
「うん。私ね、ずっとつけてるんだよ。こんなに綺麗で貴重なものもらってしまって、本当によかった?」
「もちろん!……お姉ちゃんのお陰で、あの人も、救われたから」
あの人――という言葉に、思い出すのはひとりだ。
何百年もの間、愛する人への想いを貫いた、アイビー。
「……そっか」
ミモレがそう言うのなら――というか、そうであったらいいと、私も心から思う。
ミモレに微笑みを返すと、まだ幼さの残る彼女の笑顔に、よく似たアイビーの面影が重なってみえた。
それからしばらく、リブラリカのことや最近の出来事など世間話をして、二人は仕事に戻っていった。
対する私は、残った紅茶を飲みながら、中庭を眺める。
まだ時間はあるし、この場所で読書の続きでもしようか……。
そんな風に思って、荷物を置いていた椅子を振り返った時だった。
「わっ……!」
驚いた拍子にテーブルにぶつかってしまい、がたんと大きな音が鳴る。
「まったく騒々しいのう。これだから小娘は」
呆れたため息とともに、長く美しい銀色の尾がゆらりと振られる。
荷物の上にででん、と。
いつの間にやら、猫の姿のヴィオラが居座っていたのだ。
「い、いつからそこに……」
「お前たちがここに来た時から、かの」
しれっと答える猫に、一気に脱力する。
それならば、はじめからではないか。
「姿は隠しておったがな。こんなのも見破れないようで、大賢者の秘書など務まると思っているのかのう?」
「いや、見破るとか無理ですよ……」
このヴィオラだって、女賢者と呼ばれるような強い魔術師なのだ。
まだまだ魔術を習い始めたばかりの私が、彼女の魔術を見破るなんて、どう考えても無理な話だ。
わかっているのかいないのか、ヴィオラは「まぁいい」と首を振ると、ひょいとテーブルの上に跳び上がり、前足をそろえ綺麗に着地した。
「お前に話があってな。あの黒猫もおらんようじゃし、わざわざ待っていてやったのじゃ。感謝するんだぞ」
「はぁ……」
ロランディアでの前科があるから、ヴィオラに話があるなどと言われると、余計に身構えてしまう。
彼女のアイスブルーの瞳と目が合って、その冷たい視線に少したじろいだ。
そんな私を睥睨し、彼女はため息混じりに口を開く。
「小娘……。おぬし、未だに中途半端なままでいるようじゃの。そこまでの馬鹿だったのか?」
「え?」
話が見えず首を傾げる。
目の前で、ふわりと浮き上がったティーポットが傾いて、ミモレのカップに紅茶を注いだ。
ポッドのまわりには、キラキラ光る薄氷色の光の粒――マナが漂っている。
氷の魔術を得意とする、ヴィオラのマナだ。
注がれた紅茶に、上品に口を付けながら、ヴィオラは冷たい瞳で私を見つめていた。
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