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第3章 美しき華炎の使者
171.ふたりの距離<1>
しおりを挟む最後に一礼をして、謁見の間を後にする。
扉の外に待機していた侍従が、小さく頭を下げてから、俺の後について歩いた。
「殿下。本日、この後のご予定ですが……」
「ああ。どうなってる?」
「はい。謁見希望の貴族が3組ございますが、いずれもお約束の時間まで、まだ少し余裕がございます」
歩きながら、こうして予定の確認をするのはいつものことだ。
一国の王子というものは、毎日暇もないほど執務が山と積まれている。
しかし、それを辛いと思ったことはない。
立場に見合う努力や、義務、責務といったものは、何も王子でなくたって必要なものだ。
自分はこの国の王子として生まれたのだから、やるべきことをやるのみだ。
「そうか。それであれば、空いた時間で書類を片付ける。執務室にお茶と軽食を準備してくれ」
「かしこまりました」
カツカツと、靴音を鳴らして王城の廊下を歩いていく。
ちょうど、正面の玄関ホールが見渡せる、2階の廊下に差し掛かった時だった。
「あの人間、俺に口答えするなんて……」
「まぁまぁ。秘書殿は事実を言っただけだろう?」
「それが腹立つんだってば!フェインこそ、綺麗に振られてたくせに」
「俺はいいんだよ。やはり女性は、あれくらいのしたたかさがないと魅力がね。ルゥルゥもそう思うだろう?」
「知るかそんなの」
がやがやと会話をしながらホールに入ってきたのは、妖精の使者達だ。
先頭に立つ、あの赤い妖精と…あの時後にいた、青い色の妖精が言い合いをしているらしい。
しかも、何やら聞き捨てならない会話をしていた気がする。
逡巡した後、くるりと行き先を階段のほうへと変えた。
広く大きな階段の中腹ほどで彼らと鉢合わせると、偶然を装い、にっこりと笑顔を向けてやった。
「やあ、妖精方。どこかへお出かけでしたか?」
「これはこれは。王太子殿下、ご機嫌麗しゅう」
あの舞踏会の時ほどではないにしても、やはり少々大げさにも見えるフェイン=ルファンの所作には、どうにも慣れない。
「うむ。それで?」
「ああ……我々が、何処かに出掛けていたのでは、というお話でしたよね?ええ、はい。この国の文化や、人間達について学びたいと思いまして。大賢者殿の図書館へと行って参りました」
「……あまり、勝手をされては困る」
先ほどの会話は、聞き間違いではなかったらしい。
こいつらは、無断でリブラリカに行ってリリーたちに会ってきたのだ。
「貴方方のことは、国の貴賓として迎えている。行動を全て制限する気はないが、城から外出される際には先に、私へ許可を取って頂きたい」
どうにも苛立ちを隠せず、棘のある言い方をしてしまう。
が、フェイン=ルファンはやはり、真意の見えない芝居がかった笑顔を崩さなかった。
「ええ、あちらでも大賢者殿に同じことを言われまして。どうにも、人間のやり方というものが理解できておらず、ご迷惑をおかけ致します」
「……次から気をつけてくれればいい。それで……大賢者の秘書の話を、していたようだが」
「聞こえておりましたか。あちらを後にする時、彼女に見送りをしていただいたのですが、ルゥルゥが……私の従者のひとりが、少々失礼なことを申し上げまして」
その言葉に、青い妖精へと目を向ける。
少し背は低いが、鮮やかな青色の髪を肩口で切り揃えた、控えめだが目を引く容姿の妖精だ。
長い前髪で隠れているが、どうにもにらまれているような気がする。
「何があったかは知らないが、彼女は私の大切な友人だ。失礼なことをしてくれるなよ」
「ほう……彼女が、王太子殿下のご友人!左様でしたか。なるほど、素敵な女性のようでしたから納得です!」
「……とにかく、お前たちのことは大賢者とも話しておくから、貴賓室で休んでくれ」
「はい。ご検討よろしくお願いいたします。殿下」
「では失礼する」
大仰に礼をとるフェイン=ルファンたちをその場に、踵を返す。
近いうちに時間を作って、リリーと大賢者に会いに行こう。
ホールからこちらが見えなくなるまでずっと、青い妖精からの視線を感じている様な気がした。
とっぷりと日が暮れて、面会に来た最後の貴族を見送った後。
自室で身支度を整え直した俺は、急いである部屋へと向かっていた。
目的の扉の前で深呼吸をして、ノックをする。
出てきたメイドはこちらに一礼すると、すぐに部屋へと招き入れてくれた。
「遅くなってすまないな、ロイアー嬢」
「いいえ。お疲れのところわざわざお越し頂きまして、恐縮でございます」
さらりと美しい金髪を揺らして、シャーロット・ロイアー嬢はお手本のような礼をとった。
そう。訪れたのは、彼女が滞在している部屋。
まだ仮とはいえ、自分との婚約のためにやってきた彼女との時間を作るためだ。
「楽にしてくれ」
「はい」
長椅子にどさりと腰掛けると、メイドが軽食と紅茶を用意する向かい、彼女が流れるように椅子へと腰掛けた。
事前に、今夜会いに来ることは伝えていたはずではあるが、彼女は夕食時に着るようなドレス姿。
どうやら、こんな時間まで着替えもせずに待っていたらしいことに気付いて、申し訳なくなった。
俺も彼女も無言のまま、それぞれメイドと侍従を背後に、紅茶を飲む。
こんなに遅い時間まで待たせてしまったというのに、彼女は不満のひとつも言わないつもりなのだろうか。
ちらり、と盗み見た彼女は、たまにリブラリカで見かけた頃よりも少しだけ、暗い表情をしている……ような気がするのだが、あまり付き合いがあったわけでもなく、よくわからない。
「あー……。その、わざわざ時間をとらせて、すまなかった。会いに来るのも、遅くなってしまって」
「お気になさらないでください。私も、夜は遅い方ですから」
「そう、なのか?」
「はい。……副館長の仕事で、毎日遅くまでリブラリカにおりましたので」
「ああ……よく働いている、優秀な副館長だと、俺も聞いている」
「恐縮ですわ」
――リブラリカの話題になった途端、ふわ、と、……彼女の表情が少しだけ、柔らかくなったのがわかった。
彼女から視線を外した先に、ちょうどこの部屋の机が見えた。
そこに積まれた多くの書類が目に入り、首をかしげる。
「あれは……妃教育の何か、か?」
しかし、返ってきた答えは驚きのものだった。
「あ……。いえ、あれは……仕事です。リブラリカの」
「何?ここで仕事を?」
「はい。副館長の職自体は、妹が担ってくれているのですが、急なことでしたので、引き継ぎなどする暇がなく……。皆さんに迷惑をかけてしまいますから、妹が処理しきれない分の仕事を、こちらに回して頂いていますの」
「……そうだったか」
長椅子を立って、机へと歩いていく。
この様子だと、ついさっきまで仕事をしていたのだろう。
書きかけの書類を1枚見てみると、彼女らしいお手本のような綺麗な空色の文字が、ずらりと書き記されていた。
すっと机上に視線を滑らせただけで、彼女が多様な仕事をどれだけ優秀にこなしているかが見て取れる。
……彼女の、仕事に対する真剣さも。
こんなに大切にしている仕事を、俺との婚約のためにと、辞めさせるのか。
改めてその事を思うと、胸が痛んだ。
しかし一方で、彼女ほどの優秀さ、洗練された立ち居振る舞いに、家柄を考えると――やはり、今この国で彼女ほど王太子妃に相応しい人物はいないのではないか、とも思う。
手にしていた書類を元の場所に戻し、侍従のもとへと向かうと、預けていた上着を受け取った。
「仕事の邪魔をして悪かった。今夜はもう遅いから、帰って休む」
「はい、殿下」
「また時間を作って会いに来る」
「……お待ちしております」
返答までにほんの少しだけ空いた間の意味を、俺はおそらく、理解できている。
扉まで見送りに出てくれたロイアー嬢に、ひとつ頷いて踵を返した。
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